ゆらぐ蜉蝣文字


第8章 風景とオルゴール
117ページ/219ページ


8.6.2


B そこで、賢治の“ふたごの星”、すなわちサソリ座λ・υはどうかというと:‥月の沈む時刻より前ですが、賢治が電車に乗っていた時刻には、さそり座は南の低空にあって、沈みかけています。尾っぽのλ・υも出ています。

画像ファイルを見ていただくと分かりますが:⇒画像ファイル:すばる、さそり座λ,υ

λ・υは、2つの星が非常に接近して仲良く並んでいるので、見つけやすいですし、
地上の木立ちのそばに出ていれば、たしかに、

「木の梢に/二つの星が逆さまにかかる」

という感じに見えます。

「逆さまに」というのは、単なる《心象》かもしれませんが(さそり座は、逆さまになってはいません)、星がだんだん下がって沈んでゆくのを、そう表現したのかもしれません。
いずれにせよ、なにか悪いことをした罰に、天から吊り下げられているイメージです。

ただ、λ・υは、織女・牽牛のような明るい星ではないので、はたして走っている電車の中から見えたかどうか。。。

そういうわけで、若干疑問はありますが、ギトンは、Bと考えておきたいと思います。

. 春と修羅・初版本

01沈んだ月夜の楊の木の梢に
02二つの星が逆さまにかかる
03  (昴がそらでさう云つてゐる)
04オリオンの幻怪と青い電燈

「昴☆がそらでさう云つてゐる」とは、どういうことでしょうか?‥

☆(注) 「昴(すばる)」は、プレヤデス(Pleiades)星団。おうし座にある散開星団で、数十個の青い星の集まり。現代日本の夜空では、ぼやっと光る塊に見えますが、空気の澄んだ場所や、昔ならば、肉眼でも5〜7個の星が見分けられるそうです。

おそらく、「木の梢に‥逆さまにかか」っていることからすると、“あいつらは悪いことをしたから、ああやって吊り下げられているんだ”と、スバルが告げ報せている、あるいは、噂している‥ということでしょう。

「オリオンの幻怪」は、もっと謎です。そもそも、オリオン座は、午前0時まで出て来ません。

じつは、この表現は、すでに【第5章】のスケッチ「東岩手火山」に登場していました:

. 春と修羅・初版本

189かすかに光る火山塊の一つの面
190オリオンは幻怪
191月のまはりは熟した瑪[瑙]と葡萄
192あくびと月光の動転

↑この時には、たしかにオリオン座が空に出ていて、賢治は生徒たちに、

. 春と修羅・初版本

「あれはオリオンです、オライオンです」

などと説明しているのです。

スケッチ「昴」では、オリオン座は、じっさいには空に出てはいないのですが、「東岩手火山」の叙述と関係があるとしたら、

現実意識を維持しようとして緊張していても、執拗に現れて来る《異界》からのイメージが、「オリオンの幻怪」の出現です。

そして、「青い電燈」は、おそらく電車か線路標識の信号灯でしょうけれども、すでに「ダアリア複合体」として登場したように、作者の心そのもの‥、つまり、「有機交流電燈の/ひとつの青い照明」(序詩)です。

「オリオンの幻怪」に脅(おびや)かされながら、消されまいとして必死に輝いている「青い照明」なのだと思います。
.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ