ゆらぐ蜉蝣文字


第7章 オホーツク挽歌
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7.8.10


どんなに努力しても届きがたい遥かな信仰の目標☆が、「木を搖する‥‥そらの手」や、「冴え」る秋の「寂光」や、澄んだ秋の「藍色天」に表現されているのだと思います。

☆(注) 山村暮鳥は、キリスト教日本聖公会(英国国教会系)の伝道師として、秋田、仙台、水戸などで布教活動を行う傍ら、数多くの短歌や詩を発表しました。暮鳥は、自然のあらゆるものに神を見いだす独特の汎神論を抱いていたため、しばしば熱狂的な信徒を怒らせ、異端として追放されたことも数多くあったと言います。

宮沢賢治は、暮鳥の影響を受けていると、指摘されることがあるのですが、ギトンは、賢治の信仰の性格は、暮鳥とは少し違うのではないかと思っています。

たしかに、【第1章】の作品「春と修羅」の:

. 春と修羅・初版本

13れいらうの天の海には
14  聖玻璃の風が行き交ひ
15   ZYPRESSEN 春のいちれつ
16    くろぐろと光素(エーテル)を吸ひ

などは、暮鳥の“澄んだ秋の空”に通じると思います。

しかし、暮鳥の“天”が、はるか彼方にある真摯な努力の目標であるのに対し、
宮沢賢治の“天”ないし《異界》は、暮鳥と対比して言えば、《異界》のほうから作者を攫み、捕らえて来る抗いがたい力なのではないかと思います。

. 春と修羅・初版本

18ほんたうにそれらの燒けたとゞまつが
19まつすぐに天に立つて加奈太式に風にゆれ
20また夢よりもたかくのびた白樺が
21青ぞらにわづかの新葉をつけ
22三稜玻璃にもまれ
23   (うしろの方はまつ青ですよ
24    クリスマスツ[リ]ーに使ひたいやうな
25    あをいまつ青いとどまつが
26    いつぱいに生えてゐるのです)

焼け残りのトドマツとシラカバが疎らに生えた荒んだ草原ですが、その向こう(山腹の斜面)には、青緑の針葉を綺麗にまとった元気のよいトドマツや他の針葉樹が、ぎっしりと生えています。

. 春と修羅・初版本

27いちめんのやなぎらんの群落が
28光ともやの紫いろの花をつけ
29遠くから近くからけむつてゐる
30   (さはしぎも啼いてゐる
31    たしかさはしぎの發動機だ)

ここでも、栄浜や、そこからの鉄道沿線の原野と同じように、ヤナギランの赤紫の群落が、広大な原野を染めています。
「遠くから近くからけむつてゐる」という表現は、見渡す限り広がるお花畑の印象です。

「さはしぎ(沢鴫)」は、アオシギの方言と思われます:画像ファイル:アオシギ

アオシギは、日本では冬鳥で、山の渓流沿いや山間部の湿地に生息します。
シベリア中・東部、サハリンなどで繁殖し、冬季に中国南部などへ渡って越冬します。日本で越冬するのは少数です。

アオシギに似たオオジシギ(岩手の方言では、ぼどしぎ、ぶどしぎ、など)は、アオシギよりも日本では数が多く、主に北日本で繁殖し、冬はオーストラリアなどへ渡ります。アオシギよりも開けた草原、湿原や、耕地周辺に生息します。
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