ゆらぐ蜉蝣文字


第6章 無声慟哭
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6.2.9


. 春と修羅・初版本

23 おまへの頬の けれども
24 なんといふけふのうつくしさよ
25 わたくしは緑のかやのうへにも
26 この新鮮な松のえだをおかう
27 いまに雫もおちるだらうし
28 そら
29 さわやかな
30 terpentine(ターペンテイン)の匂もするだらう

「terpentine(ターペンティン)」は、英語でテレビン油のこと。松の精油。揮発分がとんで固まったものが松脂(まつやに)です。

こうして、作者は、この作品を明るいふんいきで締めくくっています。

「頬の〔…〕うつくしさ」は、別の言い方をすれば、「ねつに燃され/あせやいたみでもだえてゐる」とも言えますし、「緑のかや」は、「とざされた病室の/くらいびやうぶやかやのなかに」(永訣の朝)閉じ込められるようにして妹が寝ている・その蚊帳にほかなりません。しかし、これら明暗の二面は、どちらも同等に真実なのです。

ここで、松に含まれるテルペン(ターペンティン)の芳香が、重要な役割をしています。
賢治は、テルペンの香りがほんとうに好きだったようで、それは、童話『車』など、さまざまな作品に現れています:「小岩井農場・パート3」3.4.7



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