ゆらぐ蜉蝣文字
□第3章 小岩井農場
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3.3.12
ちなみに、
. 春と修羅・初版本
「遠くからことばの浮標(ブイ)をなげつけた
でこぼこのゆきみちを
辛うじて咀嚼するといふ風にあるきながら」
の3行は、【下書稿】には無く、あとから推敲の過程で書き加えられたことが分かります☆
「心細さうにきいたのだ」
も、【下書稿】では、単に「たづねたんだ」でした。
☆(注) 「浮標(ブイ)」という語は、この1922年8月の作と推定される散文『イギリス海岸』にも現れます。そこでは、作者が“挙動不審で頭が足りない”と思っていたライフ・セーヴァーの男が、じつは危険水域で泳いでいる賢治と生徒たちを心配して見守ってくれていたことが判ったとき「すっかりきまり悪く」自分たちの裸体が「太陽の白い光に責められるやうに思」ったと書いています。「浮標(ブイ)」は、3.3.10 の@の意味ですが、やはり水難時の救助のために水上に浮かべるブイです:『イギリス海岸』 この点からも、「パート2」の「くろいイムバネス」の人は、作者のようすを心配して声をかけてくれたのに、作者のほうは拒絶的にふるまった。それを思い出して気がとがめた──という意味で書いているのです。
これらの行が加わることによって、2人の人物は、“立派な人”から“よわよわしく不安げな男”に変えられ、
しかも、作者自身が、これらの人士を皮肉っぽく無視するプロットが、新たに創り出されているのです。
「パート1」の“オリーブ背広の紳士”は、農場の客馬車に乗って、颯爽と賢治を追い越して行ってしまいましたが、
この“イムバネスのお大尽”もまた、農場を正式に訪問する人のようです。
「本部へはこれでいゝんですか」と訊ねています。つまり、農場の正式の“御客様”として、本部に用事があるのです。
これに対して、作者は、
まったく個人的な(ひとりよがりかもしれない)“歩行詩作”のために、農場へ向かおうとしているのであり、
せいぜい、非公式に、農夫や職員から、農学校の教材になりそうなことを教えてもらおうとしているにすぎません‥
黒いオーヴァー・コートや、インヴァネス・コートを身にまとって農場へ向かう人々と、
汚れた庶民以下の服装で、私的に農場を訪ねようとしている賢治との間には、大きな懸隔があったのです。
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