ゆらぐ蜉蝣文字


第7章 オホーツク挽歌
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7.12.7


. 春と修羅・初版本

17《おらあど死んでもいゝはんて
18 あの林の中さ行ぐだい
19 うごいで熱は高ぐなつても
20 あの林の中でだらほんとに死んでもいいはんて》

この↑トシの発言ですが、【第6章】「風林」の次の部分を想起しないでしょうか?:

. 春と修羅・初版本

16《ああおらはあど死んでもい》
17《おらも死んでもい》
18  (それはしよんぼりたつてゐる宮澤か
19   さうでなければ小田島國友
20      向ふの柏木立のうしろの闇が
21      きらきらつといま顫えたのは
22      Egmont Overture にちがひない
23   たれがそんなことを云つたかは
24   わたくしはむしろかんがへないでいい》
    〔…〕
37とし子とし子
38野原へ來れば
39また風の中に立てば
40きつとおまへをおもひだす

  


↑「風林」のほうは、岩手登山の途上、深夜に、《柳沢》手前の“柏の林地”の中で休んでいる時の、生徒たちの会話なのですが、

16《ああおらはあど死んでもい》
17《おらも死んでもい》

という会話を聞いた賢治は、トシの生前の発言:「おらあど死んでもいゝはんて‥」を思い出したにちがいないのです。‥というより:

23   たれがそんなことを云つたかは
24   わたくしはむしろかんがへないでいい》

とまで書いているのは、

賢治には、生前あれほど林の中を慕っていたトシは、この林地の中にいるように思われるのです。「おらはあど死んでもい」という生徒の声は、トシ(の亡霊)が云っているように聞こえるのだと思います。

「わたくしはむしろかんがへないでいい」と、自分に言い聞かせるように独白しているのは、むしろ逆に言えば、‥いったい誰の声なのか?‥生徒なのか?亡霊なのか?‥と考えこんでしまう作者の心の動揺を表すものです。
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