『心象スケッチ 春と修羅』

□オホーツク挽歌
24ページ/26ページ


わかいえんどうの澱粉や緑金が
どこから來てこんなに照らすのか
  (車室は軋みわたくしはつかれて睡つてゐる)
とし子は大きく眼をあいて
烈しい薔薇いろの火に燃されながら
  (あの七月の高い熱……)
鳥が棲み空氣の水のやうな林のことを考へてゐた
  (かんがへてゐたのか
   いまかんがへてゐるのか)
車室の軋りは二疋の栗鼠
りす
   《ことしは勤めにそとへ出てゐないひとは
    みんなかはるがはる林へ行かう》


────────


赤銅
しやくどうの半月刀を腰にさげて
どこかの生意氣なアラビヤ酋長が言ふ
七月末のそのころに
思ひ餘つたやうにとし子が言つた
  《おらあど死んでもいゝはんて
   あの林の中さ行ぐだい
   うごいで熱は高ぐなつても
   あの林の中でだらほんとに死んでもいいはんて》
鳥のやうに栗鼠のやうに
そんなにさはやかな林を戀ひ
 (栗鼠の軌りは水車の夜明け
  大きなくるみの木のしただ)


次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ