『心象スケッチ 春と修羅』
□オホーツク挽歌
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稚わかいえんどうの澱粉や緑金が
どこから來てこんなに照らすのか
(車室は軋みわたくしはつかれて睡つてゐる)
とし子は大きく眼をあいて
烈しい薔薇いろの火に燃されながら
(あの七月の高い熱……)
鳥が棲み空氣の水のやうな林のことを考へてゐた
(かんがへてゐたのか
いまかんがへてゐるのか)
車室の軋りは二疋の栗鼠りす
《ことしは勤めにそとへ出てゐないひとは
みんなかはるがはる林へ行かう》
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赤銅しやくどうの半月刀を腰にさげて
どこかの生意氣なアラビヤ酋長が言ふ
七月末のそのころに
思ひ餘つたやうにとし子が言つた
《おらあど死んでもいゝはんて
あの林の中さ行ぐだい
うごいで熱は高ぐなつても
あの林の中でだらほんとに死んでもいいはんて》
鳥のやうに栗鼠のやうに
そんなにさはやかな林を戀ひ
(栗鼠の軌りは水車の夜明け
大きなくるみの木のしただ)