『心象スケッチ 春と修羅』
□無聲慟哭
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それをうしろに
わたくしはこの草にからだを投げる
月はいましだいに銀のアトムをうしなひ
かしははせなかをくろくかがめる
柳澤やなぎざわの杉はなつかしくコロイドよりも
ぼうずの沼森のむかふには
騎兵聯隊の灯も澱んでゐる
《ああおらはあど死んでもい》
《おらも死んでもい》
(それはしよんぼりたつてゐる宮澤か
さうでなければ小田島國友
向ふの柏木立のうしろの闇が
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きらきらつといま顫えたのは
Egmont Overture にちがひない
たれがそんなことを云つたかは
わたくしはむしろかんがへないでいい》
《傳さん しやつつ何枚、三枚着たの
せいの高くひとのいい佐藤傳四郎は
月光の反照のにぶいたそがれのなかに
しやつのぼたんをはめながら
きつと口をまげてわらつてゐる
降つてくるものはよるの微塵や風のかけら
よこに鉛の針になつてながれるものは月光のにぶ
《ほぉ おら……》