ゆらぐ蜉蝣文字


第9章 《えぴ》
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9.2.3


マヒワは、ユーラシア〜北アフリカの亜寒帯・温帯・亜熱帯に広く生息する小鳥で、渡り鳥です。ヨーロッパや中国・黒龍江省、沿海州では夏鳥、日本では冬鳥です。羽毛の黄色い部分が非常に目立ちます。

マヒワに比べると、ウグイス(ナイチンゲール)☆の体色は、たしかに地味ですね。うぐいす色というより灰褐色に近いです。しかし、それでも、マヒワのけばけばしい黄色より、ウグイスの微妙な保護色のほうが好みに合うという人が、多いのではないでしょうか?地味好みの感覚は、日本人だけではなくて、ヨーロッパの人にもあるようです。この寓話『マヒワとウグイス』は、まさにそういう感覚に訴えていると思います。

☆(注) ナイチンゲールとウグイスは、分類学上はそれほど近くないらしいですが、さえずりの声と、地味な羽の色は、よく似ています。

「小岩井農場」の該当箇所を、もういちど参照しますと↓:

. 春と修羅・初版本

77 (ほんたうの鶯の方はドイツ讀本の
78  ハンスがうぐひすでないよと云つた)

「ハンス」という名前は違いますが、たしかに『独文読本』の子どもは、羽のきれいなマヒワを、声のきれいなウグイスだと思い込んでしまい、「ほんたうの鶯」のほうは、「羽を見ただけで、賢い歌なんか何ひとつ歌えないことが、すぐに判るね。」などと言います。

ところで、菅原千恵子さんは、『春と修羅・第1集』について、↓つぎのように述べておられました:

「隠され、抑えこまれた恋情があちこちから噴出している〔…〕どうして賢治は内面をもっとストレートに詠めなかったのか〔…〕

 〔…〕賢治は『アザリア』の中で使用した語彙を、詩集『春と修羅』の中に余すところなく散りばめたのだ。

 そもそも『春と修羅』を出版したときから賢治はこの詩を多くの人に理解してもらおうとは考えていなかった。〔…〕

 賢治がこの詩集を出した願いはただ一つ、彼が言うように、『誰かに見て貰ひたいと愚かにも考へた』(森佐一宛手紙)ためだったのである。

 賢治は多くの人に理解されないことを不本意に思っていないばかりか、〔…〕わかるはずがないのはあえてわからないように書いていたためだと言わんばかりである。その通り、賢治はある特定の誰かに見てもらうためにこの詩集を出したのだ。そしてこのある特定の誰かだけが一読すれば全てを理解できる人であった。その誰かこそ賢治のただ一人の友保阪嘉内だったのだ。

 『春と修羅』が嘉内へ向けて送りつづけたメッセージであったと思われる節は、詩集の中に数多く見ることができる。『春と修羅』の中には二人だけで通じ合うことばや語彙のなんとたくさんあることか。」


★(注) 菅原千恵子『宮沢賢治の青春』,角川文庫版,pp.155-161.



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