『心象スケッチ 春と修羅』
□小岩井農場
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つつましく肩をすぼめた停車塲ばと
新聞地風の飲食店
ガラス障子はありふれてでこぼこ
わらじや sun-maid のから凾や
夏みかんのあかるいにほひ
汽車からおりたひとたちは
さつきたくさんあつたのだが
みんな丘かげの茶褐部落や
繋つなぎあたりへ往くらしい
西にまがつて見えなくなつた
いまわたくしは歩測のときのやう
しんかい地ふうのたてものは
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みんなうしろに片附づけた
そしてこここそ畑になつてゐる
黒馬が二ひき汗でぬれ
犁プラウをひいて住つたりきたりする
ひわいろのやはらかな山のこつちがはだ
山ではふしぎに風がふいてゐる
嫩葉わかばがさまざまにひるがへる
ずうつと遠くのくらいところでは
鶯もごろごろ啼いてゐる
その透明な群青のうぐひすが
(ほんたうの鶯の方はドイツ讀本の
ハンスがうぐひすでないよと云つた)