ゆらぐ蜉蝣文字


第9章 《えぴ》
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9.2.2


そこで、「ドイツ讀本」は、じっさいに宮沢賢治の当時存在した本の題名なのではないか?‥という方向で探してみると、たしかに、似た名前の本があります。

【63】「青森挽歌」(⇒7.1.11 「水の周遊」)に:

. 春と修羅・初版本

46(おヽ(オー)おまへ(ヅウ) せわしい(アイリーガー)みちづれよ(ゲゼルレ)
47 どうかここから(アイレドツホニヒト)急いで(フオン)去らないでくれ(デヤ ステルレ)

というドイツ語のルビを振った引用があって、これは、当時、ドイツ語の教科書として広く使われていた『独文読本』(大村仁太郎他編,独逸学協会出版部,1897年刊)の一節であることが判明しています。

そこで、この『独文読本』に、ウグイスの出てくる話はないか、探してみると、たしかにあるのです☆:

☆(注) 現在、国会図書館に所蔵されている『独文読本』の刊本の中で、賢治が使った可能性の高い高等農林時代に最も近い1909年版を、調査対象としました。






131. マヒワとウグイス 
〔ギトン訳〕

 一羽のマヒワと一羽のウグイスがいた。ある時、かれらは同時にダモンの窓にとまった。ウグイスは、その魅力的な歌をうたい始め、ダモンの小さな息子は、その快い啼き声が気に入ったのだった。「ああ、2羽のうちどちらがこんなに美しく歌うのだろう?その鳥をぼくはほんとうに見たいなあ!」父は息子に、この喜びを与えることにし、鳥たちをただちに中に入れる。「そら、」と父は言う、「2羽ともいるぞ。しかし、どちらが歌い手なのだろう?おまえは当てられるかね?」息子は2回と尋ねさせることなく、即座にマヒワを指差す。「こっちが」と息子は言う、「歌い手に決まってるよ、誓ってそうだとも。この鳥の羽は、なんて美しい黄色なんだ!だからこそ、美しい歌をうたうんだ。もう一羽のほうは、羽を見ただけで、賢い歌なんか何ひとつ歌えないことが、すぐに判るね。」

『独文読本』に載っているのは、アンデルセン童話ではありませんが☆、“世間の人々は、にせもの(のウグイス)を持てはやして、本物(のウグイス)をないがしろにする”という寓意は、アンデルセンの『うぐいす』と共通します。

☆(注) この寓話の典拠はまだ調べていませんが、イソップ童話のような語り口です。

マヒワ(Zeisig)とウグイス(ナイチンゲール)の写真を見ていただくと、この話は、さらによく解ると思います:画像ファイル・マヒワ、ウグイス
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