ゆらぐ蜉蝣文字


第9章 《えぴ》
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9.3.12


 (4) 兜卒の天の食 ⇒:6.1.34 「永訣の朝」

上の 6.1.34↑ で考察したように、【58】「永訣の朝」の末尾部分は、順次↓つぎのように変更されています。

最初の【印刷用原稿】では、庭の松の枝から採取したミゾレの雪が、「天上のアイスクリーム」になるようにと願っていたのが、《宮澤家本》の“『春と修羅』改訂版”用の最終的な形では、「兜卒の天の食に変って」となり、同時に、「わたし」と「おまへ」の間の・あくまでも“現在”の話であったのが、「やがては」「おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに」という宗教的な“祈り”に変ります。「兜卒の天」は、古代仏教『倶舎論』に書かれている天上界の一つで、ここでは“兜卒天・内院”、すなわち弥勒菩薩のもとで、天人天女に生れ変った人々が成仏を目指して修行を続けている“弥勒浄土”のことです:

   【印刷用原稿】
52おまへがたべるこのふたわんのゆきに
53わたくしはいまこころからいのる
54どうかこれが天上のアイスクリームになるやうに
56わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ

   【初版本】
52おまへがたべるこのふたわんのゆきに
53わたくしはいまこころからいのる
54どうかこれが天上のアイスクリームになつて
55おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに
56わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ

   《宮澤家本》
52おまへがたべるこのふたわんのゆきに
53わたくしはいまこころからいのる
54どうかこれが兜卒の天の食に変って
55やがてはおまへとみんなとに
 聖い資糧をもたらすことを

56わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ

【初版本】のテキストは、この変遷の途中の形なので、いわば“一対一の心情”を詠った絶唱なのか、宗教的な祈りの詩なのか、‥どっちつかずの感じがするわけです。

ところで、【印刷用原稿】から【初版本】への変更ですが、これは、【初版本】がすでに途中まで印刷された最終段階での変更であったことが明らかになっています。

じつは、その【初版本】印刷中の時点で、作者から「永訣の朝」の原稿を見せてもらった状況を記録していた人がいたのです:



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