ゆらぐ蜉蝣文字


第8章 風景とオルゴール
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8.4.11


ところが、【第8章】に入るやいなや、《木を伐る》モチーフは、まず、↓つぎのように現れました:

. 春と修羅・初版本

「ことことと寂しさを噴く暗い山に
 防火線のひらめく灰いろなども
 慈雲尊者にしたがへば
 不貧慾戒のすがたです」
(不貪慾戒)

「防火線」は、山火事の延焼を防ぐために、立木を伐採して細長い空き地にしたもので、まさに、燃える火を防ぐために《木を伐る》ものにほかなりません。その「防火線」が、好ましい美意識の対象として称讃されています。

【81】「第四梯形」では、《木を伐る》モチーフが、↓つぎのように現れます。

. 春と修羅・初版本

「あやしいそらのバリカンは
 白い雲からおりて來て
 早くも七つ森第一梯形の
 松と雜木を刈りおとし」
(第四梯形)

これと、「原体剣舞連」の:

「ひのきの髪をうちゆすり」

を併せて見れば、奔放に乱舞する生命の焔は、そらから降りて来た巨大なバリカンによって刈り取られてしまう──そういう粗暴なまでの《木を伐る》行為が描かれているといえます。

そこで、この2つのスケッチの間にある「風景とオルゴール」でも、《木を伐る》モチーフは、自我的な生命力の奔騰を消去してしまう、あるいは断念するイメージを持っていると思うのです。

36(たしかにわたくしがその木をきつたのだから)

は、そうした生命力の除去へ向かおうとする作者に、反発する意識が、起き上がってきていることを示します。つまり、「不貪慾戒」「宗教風の恋」の2篇で大きく一方に振れた振り子は、揺れ戻ろうとしていることになります。

37(杉のいただきは黒くそらの椀を刺し)

「そらの椀」は、穹窿、つまり丸天井に見える天空です。



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