ゆらぐ蜉蝣文字


第8章 風景とオルゴール
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8.4.7


. 春と修羅・初版本

22下では水がごうごう流れて行き
23薄明穹の爽かな銀と苹果とを
24黒白鳥のむな毛の塊が奔り
25  《ああ お月さまが出てゐます》
26ほんたうに鋭い秋の粉や
27玻璃末(はりまつ)の雲の稜[かど]に磨かれて
28紫磨銀彩(しまぎんさい)に尖つて光る六日の月
29橋のらんかんには雨粒がまだいつぱいついてゐる

作者は、《渡り橋》の上にいるようです:画像ファイル:渡橋、松倉山

下では、ごうごうと渓流がながれ、暮れぞらには、銀色の尖った月が出ています。

「薄明穹の爽かな銀と苹果[りんご]」は、リンゴの匂いに満ち、銀粉をまぶしたような・たそがれの大空。さきほど:

. 春と修羅・初版本

01爽かなくだもののにほひに充ち
02つめたくされた銀製の薄明穹(はくめいきう)を
03雲がどんどんかけてゐる

と言っていた空です。飛んで行くちぎれ雲を、「黒白鳥のむな毛の塊」と言っています。

ほぐれた綿のような真黒いちぎれ雲、豪雨の前後には多いですね。

「黒白鳥」は、黒い白鳥、つまりコクチョウのことでしょう。
コクチョウは、白鳥(オオハクチョウ、コハクチョウ)と同じハクチョウ属ですが、別の種で、本来はオーストラリアに生息します。日本の動物園やお濠にいるのは、人が連れて来たものです:画像ファイル:コクチョウ

「玻璃末」は、ガラスの粉、または水晶の粉。

「六日の月」と言っていますが、1923年9月16日の月齢は、5.3。つまり、ほぼ《六日月》でした。賢治の《心象スケッチ》は、月齢や星の位置に関しては非常に正確です。

《六日月》は《上弦月》(半月)の1日前で、半月より少し欠けている程度ですが、この形の月に対して、賢治は、“いびつな月”“まがまがしい月”というイメージを持っていたようです。

「雲の陵に磨かれて」:月面を通過してゆく黒雲が“ガラスの粉”を含んでいて、月を尖った形に磨き上げていると言います。

「紫磨銀彩」:古い言葉で、最高品質の純金を“紫磨黄金”“紫磨金”と云いました。そこから考えた造語と思われます。つまり、磨き尽くされた純粋な銀色。
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