ゆらぐ蜉蝣文字


第8章 風景とオルゴール
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8.2.3


. 春と修羅・初版本

01雲は羊毛とちぢれ
02黒緑赤楊(はん)のモザイック
03またなかぞらには氷片の雲がうかび
04すすきはきらつと光つて過ぎる

まず、遠景の縮れ雲と斜陽、近景のハンノキ、中景(なかぞら)の「氷片の雲」‥というように、奥行きのある絵画空間が、荒いスケッチで示されたあと、

「すすきはきらつと光つて過ぎる」

と、画面を横切って走る景物の動きによって、“描かれた空間”は、いっきょに生命を得て活動しはじめます。

このように、作品の開始にあたって、まず、空間の粗い素描と“動き”の導入によって、いっきょに詩空間を立ち上げる手法は、このあと、【第8章】のほかの作品にも見られますが、この時期に賢治が完成させた《心象スケッチ》手法のひとつと言ってよいと思います☆

この点でも、【第8章】の作品は、単なる・見た《心象》「そのまま」の記録ではなく、そこには、“造形意識”をもって詩世界を創り上げようとする努力が見られるのです。

☆(注) もとをたどれば、すでに、【第5章】の作品「東岩手火山」の冒頭に、この手法の萌芽が見られます:「月は水銀、後夜の喪主/火山礫は夜の沈澱/火口の巨きなえぐりを見ては/たれもみんな愕くはづだ/(風としづけさ)/いま漂着する薬師外輪山/頂上の石標もある」夜空に浮かぶ巨船のように「漂着する薬師外輪山」(現実には動いていないのですが)が、“動き”を示します。

. 春と修羅・初版本

03またなかぞらには氷片の雲がうかび
04すすきはきらつと光つて過ぎる

「なかぞら」に浮かぶ「氷片の雲」、そして、「きらつと光つて過ぎる」沿線のススキは、作者に、あることを思い出させます。

この・ススキの“ひらめき”は、

「すべて二重の風景を
 喪神の森の梢から
 ひらめいてとびたつからす」
(春と修羅)

「向ふの柏木立のうしろの闇が
 きらきらつといま顫えたのは
 Egmont Overture にちがひない」
(風林)

「ひのきのひらめく六月に」
(雲とはんのき 24行目)

などと同様に、作者の眼に差し込む啓示の光★‥《異界》が“現実”のヴェールの隙から垣間見せようとする驚くべき形姿の予感ないし余韻‥と言ってよいものです。

★(注) “すばらしい考えを直感的に思いつく”という、「閃き」という語の通常の意味も、この“啓示の光”にほかなりません。

. 春と修羅・初版本

04すすきはきらつと光つて過ぎる
05  《北ぞらのちぢれ羊から
06   おれの崇敬は照り返され
07   天の海と窓の日おほひ
08   おれの崇敬は照り返され》

5-8行目の《 》付き3字下げの部分は、ススキの“ひらめき”によって作者が思い出した・あることを示していることになります。
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