ゆらぐ蜉蝣文字


第8章 風景とオルゴール
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8.12.7


「私(わたし)」は、「空氣のなかの酸素や炭酸ガス/これら清洌な試薬」の冷却作用・風化作用によって、「どんな植物が生えたか」──どんな新しい世界が開かれているかを「見やうとして」やってきた。つまり、この作者の意識は、《冷たい》精神への転換と“再生”に期待しているのです。「空氣のなかの酸素や炭酸ガス」の作用に期待する意識は、

「青い抱擁衝動や‥みたされない唇」を溶かしてゆく「九月の気圏」(第四梯形)、「カシユガル産の苹果の果肉よりもつめたい」雲、また、「氷河が海にはいるやうに‥枯れた野原に注」ぐ雲の流れ(火薬と紙幣)を希求する意識であり、「気圏のいちばん上層/‥氷窒素のあたりから/‥化石を発掘」しようとする「新進の大学士」(序詩)にほかなりません。
ところが、

. 春と修羅・初版本

27それは恐ろしい二種の[苔]で答へた

「それ」とは、「一一の岩塊(ブロツク)」が集積する《焼走り溶岩流》、すなわち「鬼神たちの棲みか」です。

26その白つぽい厚いすぎごけの
27表面がかさかさに乾いてゐるので
28わたくしはまた麺麭[パン]ともかんがへ
29ちやうどひるの食事をもたないとこから
30ひじやうな饗應ともかんずるのだが

作者は、「すぎごけ」と言っていますが、「表面がかさかさに乾いて」白い・この生物は、地衣類ではないかと思います。地衣類だとすれば、べつに干からびているわけではなくて、これがふつうの状態であって、環境に適応した結果なのです:画像ファイル・地衣類 ⇒《序説》-5- p.3

地衣類は、菌類(主に子嚢菌類)と藻類(シアノバクテリア[アオコ]または緑藻)からなる共生生物で、藻類によって光合成を行なうので、他の生物の死骸に寄生する必要がなく、また、藻類は菌糸によって守られるので、乾燥にも強い。そこで、地衣類は、ふつうの植物やカビ、キノコが生育できないような厳しい環境にも進出できます。

山の倒木や岩石に、カラカラに乾いたコケや網のようなものが付いていたら、たいてい地衣類です。また、ブナやカエデ類などの樹幹に出る白いもようは、痂状地衣類が着生しているものです。なお、今日の分類では、地衣類は菌類(カビの仲間)であって、植物ではありません。



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