ゆらぐ蜉蝣文字


第8章 風景とオルゴール
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8.11.11


. 春と修羅・初版本

19   (おい かしは
20    てめいのあだなを
21   やまのたばこの木つていふつてのはほんたうか)

「やまのたばこの木」は、お手上げです(笑)。そういうカシワの異名は無いようですし、柏の葉を巻いてタバコの代用にしたという昔の習慣も地方の風習も見当たりません。
柏の葉の形は、丸く大きな鋸歯があって、タバコの葉には似ていません。たしかに木の葉としては大きいほうですが‥:画像ファイル・カシワ

けっきょく、何の手がかりも無いのですから、むしろここは、読者それぞれが自分の想像を思い思いに加えて読んでよいところではないでしょうか。どんな説を唱えても、“それは違う”といわれる心配はありません。なにせ、まったく手がかりがないのですからw

そこで、参考までにギトンの着想を並べてみると、つぎのようです:

@ 柏の葉は大きいので、落ち葉を見て、巻きタバコにすることを考えてみた。
(高山植物の草の名で、イワタバコ、ヤマタバコなどがあります。これら名前は、葉が大きくてタバコの葉の形に似ているためだそうです。)

A 柏の葉は、柏餅に使うくらいですから、(緑色の葉は)芳香があります。タバコになるのではないかと考えた。

B 柏の葉は赤く紅葉するので、「へんなおどり」(28行目)のような枝ぶりとともに、秋のカシワ林は、燃え上がるようだ。そこで、タバコに喩えた。 

C カシワ林は、しばしば地元の農民が盗伐に入って咎められることがあった
(童話『かしはばやしの夜』参照)。それは、タバコ畑から葉をひろって持ち出すと専売局の役人に咎められるのと同様だから、「やまのたばこの木」と呼んだ。

↑とりあえず思いつきを書いたまでです。皆さんは皆さんで、それぞれの説をひねってみてください。。。

27   (おい やまのたばこの木
28    あんまりヘんなおどりをやると
29    未來派だつていはれるぜ)

次の“字下げ”の呼びかけ部分を、いっしょに見ておきます。

樹のまばらな広野は風が強いので、林から草原に進出したカシワの木は、風衝で枝が曲がって、踊りをおどっているように見えるのでしょう。おもしろい枝振りの木を見つけたので、冗談を言ってからかっているのです。

「未来派」は、1910年代にイタリアとロシアで興った前衛芸術運動で、1920年以後は日本にも波及。20世紀の急速な技術革新によって機械化されていく人間や都市を積極的に賛美し、速度や動きがもつダイナミズムに美を見いだしたとされます:画像ファイル・未来派

詩の世界では、「未来派」自体は短命な思潮だったようですが、これに次いで勃興したダダイスム(中原中也など)、アナーキズム(草野心平など)などのさきがけとなって、近代詩から現代詩への‘橋渡し’の役目をしたと云われています。

ちなみに、当時、岩手県は意外に(と言ったら失礼かも‥)こうした新しい動きには敏感で、この1923年5月29日には盛岡市で「岩手日報社主催芸術展覧会」が開かれ、「立体派・未来派人気を呼ぶ」とあります(『新校本全集』「年譜」)。

22こんなあかるい穹窿と草を
23はんにちゆつくりあるくことは
24いつたいなんといふおんけいだらう
25わたくしはそれをはりつけとでもとりかへる
26こひびととひとめみることでさへさうでないか

22行目から、この詩後半の自己表白部分です。

「穹窿」は、まえにあった「天椀」に同じ。大空のことです。

柳沢から《焼走り》までは、かなり距離がありますし、歩きにくい原野と湿地を渡って行くのですから、実際に「はんにち」くらいかかったと思います。
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