ゆらぐ蜉蝣文字


第8章 風景とオルゴール
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8.6.11


しかし、↓次の例は、すこし違うようです:

「風は青い喪神をふき
 黄金の草 ゆするゆする」
(【15】「風景」)

これは、じつは、『冬のスケッチ』からの転用句です☆:

「風青き喪神を吹き
 黄金の草いよよゆれたり。」
(『冬のスケッチ』46,5)

☆(注) 秋枝氏は、『冬のスケッチ』と短歌群とは、現れるモチーフが異なることを指摘し、これら二つの象徴体系が、『春と修羅』で合流している可能性を示唆されています(秋枝美保『宮沢賢治 北方への志向』,1996,朝文社,p.160)いま、「喪神」という同じ語が、二つの作品群で、やや異なる対象を指示しているのだとすれば、賢治は、『春と修羅』以前においては、二つの象徴体系を使い分けていたことになります。

この「風景」の例では、「喪神」は太陽ではなく、青い大気、あるいは、風に吹かれる青い草を表現しているようです。

「昴」の:

「豆ばたけのその喪神のあざやかさ」

も、太陽や月ではなく(この詩の設定は、月の沈んだ夜です)、青白いダイズの葉が風にひるがえるありさまと思われます。





上記の諸例から、「喪神」のハレーション★を考えてみますと、‘蒼白な色、悲しみの色、聖(たっと)い気高さ、異界に通じる標識’といった意味が考えられます。

「昴」では、「あざやかさ」と言っていることから、‘悲しみ’よりは、気高さ、ないし美意識に力点がありますが、それでもやはり、不安を感じさせる要素は否定できません。

意識〔A〕は、ここでは都会人の饒舌に圧迫されながら、田園風景の中に生きる独自の美意識を、おずおずと見出していこうとしているのだと思います。

★(注) 「ハレーション」は、ハリデイの体系的機能文法(機能言語学)の用語で、connotation(含意) に近い・語の意味。See his "An Introduction to Functional Grammar".

. 春と修羅・初版本

28どうしてもこの貨物車の壁はあぶない
29わたくしが壁といつしよにここらあたりで
30投げだされて死ぬことはあり得過ぎる
31金をもつてゐるひとは金があてにならない
32からだの丈夫なひとはごろつとやられる
33あたまのいいものはあたまが弱い
34あてにするものはみんなあてにならない
35たヾもろもろの徳ばかりこの巨きな旅の資糧で
36そしてそれらもろもろ徳性は
37善逝(スガタ)から來て善逝(スガタ)に至る

28行目以下は、意識〔B〕、あるいは、“都会人の反論”に影響された作者の意識です。

28行目から34行目までは、何事かを「あてに」しても「みんなあてにならない」という“人の生のままならなさ”、あるいは、確固たるものと思われていた古い秩序の崩壊した世界を述べています。

それは、関東大震災の衝撃が、精神界ないし世論にもたらした結果でした。
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