ゆらぐ蜉蝣文字


第8章 風景とオルゴール
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8.6.5


並んだ2本の杉は、中天に輝くスバルに向かって梢を伸ばすことによって、かろうじて希望を育んでいるように思われます。スバルが「白いあくび」をしているのは、その“希望”が、もはや色あせて、白けかけていることを示しています。

ところが、『冬のスケッチ』から約2年後の「昴」では、スバルの下で(?)、「二つの星」が逆さ吊りにされ、地底に沈んで行ってしまうのです。

この「二つの星」が、誰よりも、“賢治と嘉内”を象徴していることは明らかでしょう。

. 春と修羅・初版本

01沈んだ月夜の楊の木の梢に
02二つの星が逆さまにかかる
03  (昴がそらでさう云つてゐる)

ここでは、「昴」は、もはや彼らを見放すかのように、「二つの星が逆さまにかかる」と‥、淡々と「そらでさう云つてゐる」のです。

おそらく、↑これが、この詩の隠れたテーマであり、この詩の叙述のすべては、ここから発しているのです。。。


 


. 春と修羅・初版本

07風は吹く吹く、松は一本立ち
08山を下る電車の奔[はし]り
09もし車の外に立つたらはねとばされる

7-8行目のリズムは、山から駆け下りるように闇の中を走る軌道電車の軽快な揺れを表現しています。

おそらく、さきほどの「農婦」は、電車に同乗している乗客でしょう。

「松は一本立ち」は、実景の独立樹のスケッチかもしれませんが、たとえひとりでも生きて行こうとする、しかも軽やかに生きようとする作者の衒わない意識を表します。

「もう寂しくないぞ。
 誰も私の心もちを見て呉れなくても
 私は一人で生きて行くぞ。
    〔…〕
 けれどもやっぱり寂しいぞ。
 口笛を吹け、光の軌り、
 たよりもない光の顫ひ、」
(「小岩井農場」【下書稿】「パート4」相当)

と書いていた「小岩井農場」の時点と比べて、作者の精神的な成長が見られます。
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