ゆらぐ蜉蝣文字


第8章 風景とオルゴール
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8.6.3


. 春と修羅・初版本

01沈んだ月夜の楊の木の梢に
02二つの星が逆さまにかかる
03  (昴がそらでさう云つてゐる)
04オリオンの幻怪と青い電燈
05また農婦のよろこびの
06たくましも赤い頬

ここで、4行目までの《心象》をまとめておきましょう:

沈んだ月の照り返しがわずかに残るさびしい夜(あるいは、もう月が沈んでしまったかと思われるほど暗い月夜)の中で、背の高いヤナギの木のこずえに、「二つの星」──賢治の“ふたごの星”が、逆さ吊りにされています。

「あいつらは、天にさからって悪いことをしたから、吊られているのだ。」

と、スバルが、さげすんで言います。

ちなみに、スバルは、この夜、午後9時頃に北東の地平から上がります。さそり座λ・υが地平に沈むのと交替するように、スバルが出て来ることになります:WEB星座早見盤・9月の星座

「二つの星」が、さそり座λ・υだとすると、スバルと同時には空に出ていないことになりますから、この詩が“見たまま”のスケッチだとしたら、おかしなことになってしまいます。

しかし、“見たまま”のけしきではなく、星座の運行にヒントを得たメタファーの物語だとしたら、むしろピッタリかもしれません。
逆さ吊りにされて沈んでゆく“ふたごの星”に対して、かれらを尻目に上昇して行くスバルが、“ふたごの星”の没落を嘲っているのです‥

そして、執拗に現れ見える《異界》の表象──「オリオンの幻怪」──その“幻影”に脅かされながらも、必死に生きようとする「青い電燈」──「あらゆる幽霊の複合体」である作者自身。。。

ここに表現されているのは、ひとつの時代、ひとつの恋が終ったという落胆と、そこから這い上がろうとする作者の生ではないでしょうか?

「農婦のよろこびの/たくまし[く]も赤い頬」は、そこから、作者の「有機交流電燈」が見出そうとしている新たな方向を示しているように思われます。
ここにも、秋枝氏の言う“「男らしさ」からの方向転換”☆が示されていることに注目したいと思います。

☆(注) 「『男らしい』とは〔…〕社会的、政治的な成果を上げる生き方を指していると思われる。〔…〕賢治のこの時点〔1918-21年──ギトン注〕での信仰も田中智学への傾倒も、おそらくそういった『男らしさ』の延長上にあるものと考えられる。〔…〕今、賢治は〔…〕1918,9(大正7,8)年時点の熱した自己の姿を脱し、醒めた目で独自の道を歩み始めようとしている。〔…〕その後、『春と修羅』第2集においては、1集ではタブー視されていた女性の世界への扉が開かれ、よりトータルな心象の世界が開けていくことになる。」(秋枝美保,op.cit.,pp.83-84)




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