ゆらぐ蜉蝣文字


第7章 オホーツク挽歌
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7.12.2


宮沢賢治が小樽→函館間で乗った列車の推定を、もう少し説明しておきますと、
候補としては、↓つぎの2本があります☆:

☆(注) 『公認汽車汽船旅行案内』,346号(1923.6.15.現在).

小樽(発)→八雲(発)→森(着)森(発)→駒ケ嶽(発)→函館桟橋(着)
19:39   2:30   3:38 3:45  4:20    5:36 八列車(音威子府ヨリ)
22:04   3:51   4:41 4:51  通過    6:27 二列車(稚内ヨリ)《急行》

他方、賢治が列車から見た室蘭連絡汽船は、午前4:00森港発です。

この朝の日出時刻は、森町で4時38分。したがって、空が白むのはその30分程度前、4時ころからですが、

. 春と修羅・初版本

34もう明けがたに遠くない
35崖の木や草も明らかに見え
    〔…〕
40噴火灣のこの黎明の水明り
41室蘭通ひの汽船には
42二つの赤い灯がともり
    〔…〕
45駒ケ岳駒ケ岳
46暗い金屬の雲をかぶつて立つてゐる

とありますから、汽船を見た時刻は、もう周りが薄明るくなってからで、日出間近かか、日出を過ぎていると思われます。
そうすると、4時20分〜40分くらいになります。

急行の「二列車」ですと、森駅に到着する手前が、ちょうどその時間帯になります。

ところで、汽船のほうですが、こちらの噴火湾の地図を見てください:⇒画像ファイル:噴火湾

船の航路(森→室蘭)は、函館本線とは直角に交わっていて、長万部のほうから森に近づいて来る列車は、出航して行く船の後を追う形になります。
「二つの赤い灯」は、マストの先の灯りならば、海上に遠ざかってからでも見えるかもしれません。

しかも、連絡船のような大きな汽船は、出航後に港内で向きを180°変えてから港を出ます。その回転に30分くらいはかかるのがふつうですから、4時出港として、「二列車」が森駅(4:44着)に近づく4時40分ころは、まだ港を出たばかりかもしれません。

したがって、「二列車」(急行)ならば、詩に描かれた状況に適合すると言ってよいでしょう。

次に、普通列車の「八列車」について考えてみます。「八列車」は、森駅3:45発ですから、汽船の出港時刻4:00には、すでに森駅の先を走っています。

港に停泊している状態の汽船を見た──という可能性もありますが、↑上の詩句で:

40噴火灣のこの黎明の水明り
41室蘭通ひの汽船には
42二つの赤い灯がともり

というのは、いかにも湾の「水明り」の水面を船が航行しているようすです。また、それよりも前の時点で:

35崖の木や草も明らかに見え

というのも、3:45ころ(日出の53分前)の状況にしては明るすぎます。

そこで、森駅を出発して、しばらく走ってから港のほうを見たら、船が出てゆくところだった──という状況も考えてみました。というのは、森駅と、次の駒ケ嶽駅の間は急勾配の上り坂で、線路は何度もループしながら斜面を登ってゆくのです。

しかし、列車から海が見えるのは、せいぜい現在の東山駅のあたりまでと思われます。「八列車」は、駒ケ嶽駅4:20発。したがって、鉄道距離と時間から推算すると、東山付近は4:10以前です。汽船はまだ港内にいるでしょう。陸上の明るさも、「崖の木や草も明らかに見え」と言うにはまだ早いでしょう。
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