『心象スケッチ 春と修羅』

□オホーツク挽歌
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一千九百二十三年の
とし子はやさしく眼をみひらいて
透明薔薇の身熱から
青い林をかんがへてゐる
フアゴツトの聲が前方にし
Funeral march があやしくいままたはじまり出す
  (車室の軋りはかなしみの二疋の栗鼠)
 《栗鼠お魚たべあんすのすか》
  (二等室のガラスは霜のもやう)
もう明けがたに遠くない
崖の木や草も明らかに見え
車室の軋りもいつかかすれ


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一ぴきのちいさなちいさな白い蛾が
天井のあかしのあたりを這つてゐる
  (車室の軋りは天の樂音)
噴火灣のこの黎明の水明り
室蘭通ひの汽船には
二つの赤い灯がともり
東の天末は濁つた孔雀石の縞
黒く立つものは樺の木と楊の木
駒ケ岳駒ケ岳
暗い金屬の雲をかぶつて立つてゐる
そのまつくらな雲のなかに
とし子がかくされてゐるかもしれない


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