ゆらぐ蜉蝣文字


第7章 オホーツク挽歌
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7.6.4


サハリンに行ったことのある方には分かると思いますが、現地の地形・植生は、日本内地、とくに道北によく似ているのですが、似た植物も、よく見ると日本のものとは少し違うのです。

本州の東北と比べると、植物相は、かなり違います。本州の高山の植生に近い感じがしますが、それともまた違うようです。

日本領時代に、豊原(ユジノサハリンスク)の王子ヶ池公園(現在は“ガガーリン公園”)に日本人が植えたアカマツなども、まだ残ってはいますが、地元の樹種に押されてひょろひょろになっています。
このあとの段落でも、賢治は、植物相がふだんとは違うので混乱しているようです。草花の同定に迷っています。

. 春と修羅・初版本

009しづくのなかに朝顔が咲いてゐる
010モーニンググローリのそのグローリ

「しづくのなかに」は、草稿断片では「しづく にかざれて」(‘飾られて’の誤記?)となっているものがありますから、アサガオに雫がたくさん付いているさま。

「モーニンググローリ」(morning-glory)は、英語でアサガオのことですが、アサガオ(Ipomoea nil)だけでなく、英語では、朝顔に似た漏斗形の花を咲かせる種類を広く含んでいます。アサガオ属のほか、ヒルガオやハマヒルガオ(Calystegia属)、フウセンアサガオ(Operculina属)、セイヨウヒルガオ属(Convolvulus; 三色朝顔)、ツタノハアサガオ属(Merremia)、オオバアサガオ属(Argyreia)なども "morning-glory" です。

賢治が見たのも、浜に自生しているので、ふつうの栽培種の朝顔ではないと思います。最初は「朝顔」と呼び、そのあと「モーニンググローリ」と言い換えているのは、朝顔にしては少し違うからでしょう:画像ファイル・モーニンググローリ
「モーニンググローリのそのグローリ」は、the glory of the morning-glories として和訳すると、「モーニンググローリのみごとな美しさ」でしょうか。


  
サハリン ドゥイミ川        

011いまさつきの曠原風の荷馬車がくる
012年老つた白い重挽馬は首を垂れ
013またこの若者のひとのよさは
014わたくしがさつきあのがらんとした町かどで
015濱のいちばん賑やかなとこはどこですかときいた時
016そつちだらう、向ふには行つたことがないからと
017さう云つたことでもよくわかる
018いまわたくしを親切なよこ目でみて
019(その小さなレンズには
020 たしか樺太の白い雲もうつつてゐる)

↑13行目は、《初版本》では「若者」→「男」に改変されているのですが、【印刷用原稿】のテキストに戻してあります。

「曠原風の荷馬車」は、「高原」でなく、あえて“曠野”(=荒野)の「曠」を使っています。ロシアの絵画にあるような素朴な荷車のイメージでしょうか:画像ファイル・荷馬車、重輓馬
「重挽馬(重輓馬)」は、重量物の運搬に適する馬の品種で、ペルシュロン種が代表的なものです。大型で体重が1トンを超えることもめずらしくなく、性質は温順。

年とった重輓馬に荷車を牽かせて、若者がやってきます。
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