『心象スケッチ 春と修羅』

□オホーツク挽歌
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あいつがなくなつてからあとのよるひる
わたくしはただの一どたりと
あいつだけがいいとこに行けばいいと
さういのりはしなかつたとおもひます



オホーツク挽歌


海面は朝の炭酸のためにすつかり銹びた
緑青
ろくせうのとこもあれは藍銅鉱アズライトのとこもある
むかふの波のちゞれたあたりはずゐぶんひどい瑠瑙液
るりえき


────────


チモシイの穂がこんなにみぢかくなつて
かはるがはるかぜにふかれてゐる
  (それは青いいろのピアノの鍵で
   かはるがはる風に押されてゐる)
あるひはみぢかい變種だらう
しづくのなかに朝顔が咲いてゐる
モーニンググローリのそのグローリ
  いまさつきの曠原風の荷馬車がくる
  年老つた白い重挽馬は首を垂れ
  またこの男のひとのよさは
  わたくしがさつきあのがらんとした町かどで
  濱のいちばん賑やかなとこはどこですかときいた時


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