ゆらぐ蜉蝣文字


第7章 オホーツク挽歌
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7.3.5


しかし、他方、海のようすは、南側のように陽気ではありません。

「その海の色」は、噴火湾(内海湾)。
海の色は、空の色を写しているのがふつうですから、この日は曇っていたので、真青ではなく、灰色をしていたのではないでしょうか?「それは雲の関係です」は、正確な説明だと思います。

しかし、作者は、「気圧がこんなに高いのに。」と言って納得しません。これは、なぜなのでしょうか‥

さきほど、「津軽海峡」で見たように、函館方面では、曇っていても空は明るく、夏の大気は「稀薄」に、軽快に感じられました。
しかし、噴火湾側に来ると、こちらは北側の海ですから、暗い印象があるのではないでしょうか。“気圧が高い”、空気が濃密だ、というのは、そうした暗くて寂しい印象を言う賢治特有の表現だと思います。


【付記】 “In the Good Old Summer Time”と『ポラーノの広場』

“In the Good Old Summer Time”の歌詞には、「クローバーの草原」とも受け取れる一節があることを見ましたが、
のちに、賢治は、このワルツに自分で歌詞をつけて、「つめくさの花の咲く晩に」という歌にしています。「つめくさ」はクローバーです。

この替え歌は、童話『ポラーノの広場』および音楽劇『ポランの広場』の挿入歌になっています:

「つめくさの花の 咲く晩に
 ポランの広場の 夏まつり
 ポランの広場の 夏のまつり
 酒を呑まずに  水を呑む
 そんなやつらが でかけて来ると
 ポランの広場も 朝になる
 ポランの広場も 白ぱっくれる。」
〔2〜4番、略〕

このような・その後の取り扱いまで考慮に入れると、

作品「駒ケ岳」に挿入された“In the Good Old Summer Time”には、深い意味があるのかもしれません。荒れすさんだ火山礫の土地も、土壌改良を施して行くことによって、豊かな牧草地にすることができるのだという‥‥

サハリン行の翌年である1924年春、賢治は、『ポラーノの広場』の最初の童話原稿『ポランの広場』を、生徒に依頼して清書させ、8月10-11日には、戯曲化した『ポランの広場』を花巻農学校で上演しています。

「駒ケ岳」は、断片のまま残されましたが、これは、『ポラーノの広場』の最初の構想と言えるのかもしれません。

あるいは、さらにのちの『グスコーブドリの伝記』──この童話は終始、火山の噴火による被害とその対策が重要テーマです──の内容まで含みこんだ壮大な音楽劇を、賢治は構想していたのかもしれないと思います。



【66】旭川 ヘ
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