ゆらぐ蜉蝣文字


第6章 無声慟哭
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6.4.3


この日の月齢は18.2日で満月が少し欠けた程度、月が出ていれば相当明るいはずです。

しかし、月の出は22時30分ころですから、この柳沢近くのカシワ林に着いたのは、夜半近く、あるいは夜半過ぎ(日付は4日)と思わなくてはなりません。

滝沢を出発したのは午後9時ころでしょうか‥☆

☆(注) 翌日の「白い鳥」を見ますと、麓の原野まで下りてきたのは午後のようですから、たしかに、登路の途中で夜が明け、山頂は午前中という遅めの日程で往復したようです。

27行目に

「月光の反照のにぶいたそがれのなかに」

とありますが、「たそがれ」は夕方の意味ではなく、月に照らされた森の中の薄明状態を「たそがれ」と言っているのでしょう。

. 春と修羅・初版本

13柳澤の杉はなつかしく〔…〕
14ぼうずの沼森のむかふには
15騎兵聯隊の灯も澱んでゐる

とありますが、「柳沢の杉」は、柳沢にある岩手山神社をかこむ杉林★、「沼森」は、柳沢の南方にある標高582メートル(柳沢は367m)の小さな山です:画像ファイル:沼森

★(注) 『岩手山登山案内図』,増訂8版,1923(初版1915),岩手山一万講社,in:『新校本全集』16巻(下),補遺・伝記資料篇,p.201 参照。柳沢の社域を取り囲んで杉林が記載されています。

月光で明るいので、神社の杉林や「沼森」のシルエットも見えているわけです。
しかし、それにしても、夜目に杉林が見えるくらいですから、この場所は、柳沢のすぐ近くと思われます。
「なつかし」いと言っているので、これから(ひさしぶりに)柳沢へ到着する手前だと分かります。

当時、柳沢より下方には、カシワの森が多かったのです◇。

◇(注) 童話『かしわばやしの夜』は、この付近を舞台としています。『かしわばやしの夜』の最後の場面に「沼森」が出てきます。

. 春と修羅・初版本

06そこに水いろによこたはり
07一列生徒らがやすんでゐる
08(かげはよると亞鉛とから合成される)
09それをうしろに
10わたくしはこの草にからだを投げる

滝沢駅から柳沢までは、急坂はありませんが、ずっと上り勾配なので◆、生徒たちは、すっかりばててしまい、倒れて休んでいます:

◆(注) 滝沢駅〜柳沢は、約8km, 標高差約100m。




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