ゆらぐ蜉蝣文字


第5章 東岩手火山
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5.3.28


しかし、↓つづく部分では、作者の意図に反して、しだいに非現実意識のほうが優勢になっていきます:



. 春と修羅・初版本
178火山彈には黒い影
179その妙好の火口丘には
180幾條かの軌道のあと
181鳥の聲!
182鳥の聲!
183海抜六千八百尺の
184月明をかける鳥の聲、
185鳥はいよいよしつかりとなき
186私はゆつくりと踏み
187月はいま二つに見える
188やつぱり疲れからの乱視なのだ

「火山弾」は、さきほどの「火山塊」と同じ岩か、同様の岩塊ですが、表現は、より幻想的になっています。
「妙好」は、《御鉢》の中にある火口丘の《妙高岳》:画像ファイル:岩手山
《妙高岳》の山腹に筋が見えるのを、作者は「軌道のあと」と視ています。
もちろん、岩手山頂にレールが敷かれたことはありませんから、これは単なる地形のひだでしょう。しかし、非現実に傾いた作者の眼は、そこに、太古の鉄道の存在を透視しているようです☆

☆(注) 「この名称(銀河ステーション)は岩手登山に皆で先生〔宮澤賢治──ギトン注〕に連れられて行った時、種々星の話、天の河の話など先生がされて居った。自分等も勝手な想像や、その時々の感じをおしゃべりしたもんだ。その時小田島治衛君だったと思ふ。『先生、天の河の光る星、停車場にすればいいナッス』さうしたら先生は喜ばれた様に『さうだ。面白いナッス』と言はれた。さうして皆で天の河ステーションなんてふざけさわいだもんだ。」(宮澤貫一の回想談:小田邦雄『宮澤賢治覚え書』より。草下英明『宮澤賢治の星』,p.26.所引)宮澤貫一氏は、1922年10月に転校しているので、氏の記憶が正しければ、これは、1922年9月の「東岩手火山」の登山にまちがえないことになります。つまり、天の河を列車が走るという『銀河鉄道の夜』の構想は、この時に萌芽したことになります。

そして、「月明[つきあかり]をかける鳥の聲」‥‥じっさいに、鳥が鳴いていたのかどうかは、分かりません。1900-2000m の山頂で、夜中に‥ちょっとありえないようにも思われます。
「六千八百尺」は、2060.4メートル(《薬師岳》頂上は 2038.2m)

いずれにしろ、作者の眼と表現は、‘幻視’に彩られています。

187月はいま二つに見える

になると、あきらかに《異界視》です。

【新聞発表形】では、↓次のように、もう1行あって、月の変貌した姿が描かれていました:

187月はいま二つに見える
187月にはするどく針の光
188やつぱり疲れからの乱視なのだ

そこで、188行目では、ふたたび現実意識が反省を促しています。

しかし、作者の眼は、なおも《異世界》へ伸びて行きます:

189かすかに光る火山塊の一つの面
190オリオンは幻怪
191月のまはりは熟した瑪璃と葡萄
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