ゆらぐ蜉蝣文字


第4章 グランド電柱
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4.17.3


以上のような・その後の動きを前提に、1922年9月、清六氏が上京受験する直前の時期に賢治が書いたこの詩を読み直してみますと‥:

たしかに、弟の将来志望に対する兄の気持ちが、ここには滲み出ているように思われるのです。。。

春と修羅・初版本

01でんしんばしらの氣まぐれ碍子の修繕者
02雲とあめとの下のあなたに忠告いたします
03それではあんまりアラビアンナイト型です
05からだをそんなに黒くかつきり鍵にまげ
06外套の裾もぬれてあやしく垂れ
07ひどく手先を動かすでもないその修繕は
08あんまりアラビアンナイト型です

まず、「あなたに忠告いたします」という言い方が、清六氏に一目置いていた兄の口調ではありませんか。

「それではあんまりアラビアンナイト型です」──アラビアンナイトの話で主人公がやってのける冒険は、どれも、とほうもなく危険で、しかも、とほうもなく幸運に恵まれてハッピーエンドになってしまいます。
例えば、『船乗りシンドバッドの冒険』で、シンドバッドは、巨鳥の脚に自分の身体をターバンで縛り付けて無人島を脱出し、同じ冒険を繰り返して沢山のダイヤモンドを手に入れ故郷に帰還します。
7行目の「ひどく手先を動かすでもないその修繕」が、これを表現していると思います。細かい手仕事ではなく、巨鳥に吊り下げられて海を横断するような大冒険によって成功することを、夢見ているんじゃないか‥と、賢治兄は、弟に言いたいのではないでしょうか?

若い清六氏には、将来性に満ちた世界と思われても、年上の賢治や大人たちには、電気というものは、まだ将来の分からない新奇な事業に思われていたかもしれません。
まだこれから勉強して電気の学校を受験しようという弟から、花巻で最初の電器店を開業したいなどという相談を受けたとしたら、

いくら変わり者の兄でも──自分がしてきた荒唐無稽は棚に上げてw──心配にならないではいられなかったでしょう。。。

「それではあんまりアラビアンナイト型です」──電柱に登って、シンドバッドの冒険をやりたいんですか?‥
そんな高くに吊り下げられて、下りて来られなくなったら、「どうあなたは弁解をするつもりです」‥

賢治は、そう言いたかったのではないでしょうか‥:

09あいつは惡魔のためにあの上に
10つけられたのだと云はれたとき
11どうあなたは辯解をするつもりです

ところで、
《初版本》出版後に《宮澤家本》に加えられた推敲では、9-10行目は、次のように改稿されています(1行増やしています):

 09あいつは黒い盗賊団か
 ..惡魔のためにあすこのとこに
 10つけられたのだと云はれても
 11どうまああなたは辯解できるおつもりですか

この《宮澤家本》テキストは、『アリババと40人の盗賊』を示唆しているようです。

まんまと盗賊の洞窟から宝物を盗んできた弟・アリババの真似をして、兄のカシムは、洞窟に忍び込んで盗賊に捕まえられてしまい、殺されて、“開く岩”の裏側に貼り付けられてしまうというストーリーです。

(憶測ですが)おそらく、この改稿の時期までには、清六氏の開業した電器店が順調に立ち上がったので、賢治としては、それまでの見解を改めて、
この作品を、“弟への忠告”から、“兄の自戒”へと内容変更したのではないでしょうか?‥


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