ゆらぐ蜉蝣文字


第4章 グランド電柱
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4.14.25


. 春と修羅・初版本

50太刀は稲妻萓穗(かやぼ)のさやぎ
51獅子の星座に散る火の雨の
52消えてあとない天のがはら
53打つも果てるもひとつのいのち
54 dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah

「萓(かや)」は、原野に生えるススキ、スゲ、チガヤなどイネ科の草:画像ファイル:ススキ・チガヤ・スゲ

「さやぎ」は、古語で、(草木の葉などが)さやさやと音を立てること。現代語の“そよぎ”と、ほぼイコール。

「太刀は稲妻萓穗のさやぎ」という行によって、
いままで、あたかも戦場で戦士たちが打ち合う実況を見ているように思っていたが、
じつは、いっさいは、風吹きすさぶ草原のありさまが、そう見えていたにすぎないのだ──と言っているかのようです。

「しし座」は、占星術では7〜8月の星座ですが、日本では春の星座です。
しかし、この51行目は、“しし座流星群”のことを言っている(原体剣舞の夜に見たということではないでしょうけれども☆)という意見も有力です。
たしかに、流星が光芒をひいて消えた後には、夜空しか残りませんから、46行「消えてあとない天のがはら」へ、きれいに続きます。

☆(注) しし座流星群が見られるのは、毎年11月です。

野原で果てた命は、夜空に散る流れ星か火花のように、消えてしまえば跡形もなく、何ひとつ残らない無念さだけが宙を漂います。

しかし、はかない生命だからこそ、かけがえがない──53行目は、そう言っているように思います。

そして、命のはかなさは、「打つ」側の・朝廷方の人々とて同じことであり、「打つ」側の命も、「果てる」側の命も、まったく等価値の「ひとつのいのち」だと言うのです‥

こんな部分を読むと、やはり宮沢賢治は近代人だと思うのです。仏教思想に深く浸されながらも、
彼の思想の底には、ひとりひとりの個人をかけがえのないものと考え、貴賎善悪の区別なく等価値とみなす近代思想が、脈打っていたのだと思います。

彼は、もし夭折しなければ、個人の生命を‘全体の幸福’の手段としてしかとらえない国体思想に対し、静かな抵抗をつづけたにちがいないと、ギトンは考えます。


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