ゆらぐ蜉蝣文字


第4章 グランド電柱
67ページ/88ページ


4.14.16


. 春と修羅・初版本

12青らみわたる■氣(かうき)をふかみ
13楢と掬(ぶな)とのうれひをあつめ
14蛇紋山地に篝(かがり)をかかげ
15ひのきの髪をうちゆすり

↑「■」で示した字は、【初版本】では、「影」にサンズイの付いたふしぎな活字で印刷されています。
「シ影」という字は、ふつうの漢和辞典には載っていません。作者は「かう(こう)」というルビを振っているので、全集などでは「シ」字にして印刷しています。

「シ」は、あきらか、きよらか、という意味で、「シ気」は、@天上の清らかな気、A秋の大気、という意味だそうです。

どちらの意味でも通りますが、賢治は「影」という部首の意味を込めているかもしれません‥

この詩の最初は早春の季節感でしたが、このへんになると秋の大空です。

「‥を深み」は、“シ気が深いので”。

「楢(なら)」は、ここではミズナラでしょう。「掬」はブナ。どちらも高原に生える樹種です:画像ファイル:ミズナラ 画像ファイル:ブナ、蛇紋岩

原体村よりも、もっと奥地の種山高原を念頭においているのだと思います。
次の行に「蛇紋山地」が現れます。蛇紋岩の多い山地、つまり北上高地を指します。

ここでブナが出てきましたが、ブナは、当時岩手県の山地には非常に多かったのに、宮澤賢治の作品には、ほんとうに稀にしか出てこないのです。

たとえば、『第2集』に↓こんなのがあります:

「いちいちの草穂の影さへ映る
 この清澄な月の昧爽ちかく
 楢の木立の白いゴシック廻廊や
 降るやうな虫のジロフォン
 みちはひとすじ しらしらとして
 暗い原始の椈ばやし
 つめたい霧にはいらうとする」
(〔北いっぱいの星ぞらに〕 #179,1924.8.17.,下書稿(2))

「原体剣舞連」でも、やはり、ブナは、原始の暗い翳を及ぼす樹種として扱われているようです★

それが、「楢と掬とのうれひ」──つまり、成仏できずに森陰にわだかまっている怨霊たちの執念なのです。

★(注) 宮澤賢治は、ブナの・もうひとつの姿も描いています。それは、童話『虔十公園林』で、虔十が、「風がどうと吹いてぶなの葉がチラチラ光るときなどは虔十はもううれしくてうれしくてひとりでに笑へて仕方ないのを、無理やり大きく口をあき、はあはあ息だけついてごまかしながらいつまでもいつまでもそのぶなの木を見上げて立ってゐるのでした。」と描写されている、ブナの若葉です。柔らかくてみずみずしいブナの若葉は、高農時代の次の短歌にも詠われています:
 六月のブンゼン燈の弱ほのほはなれて見やるぶなのひらめき(歌稿A,#516)

「篝(かがり)」は、剣舞の・かがり火:画像ファイル:かがり火、マルメロ

「ひのきの髪」は、頭につけている黒羽のことでしょう。鹿(しし)踊りの場合には、ヤマドリの羽を数本つけて飾りにするだけですが、剣舞の場合は、黒羽をたくさん、立った髪の毛のように付けます:画像ファイル:原体剣舞


16まるめろの匂のそらに
17あたらしい星雲を燃せ
18  dah-dah-sko-dah-dah

マルメロは、リンゴに似た黄色い果物。カリンによく似ていますが、果皮は薄い毛でいちめんにおおわれています:画像ファイル:マルメロ

18行目は、また、囃子の擬音ですが、1行目とは少し違います。ともかく、ここで段落区切りになります。
.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ