ゆらぐ蜉蝣文字


第4章 グランド電柱
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4.10.2


ところで、1923年に発表された童話『氷河鼠の毛皮』☆にある↓次の場面は、この「第48葉」によく似ているのです。
おそらく、作者は、「第48葉」のモチーフを取り入れて『氷河鼠の毛皮』の夜行列車の中の場面を構成しています:『氷河鼠の毛皮』

☆(注) 童話『氷河鼠の毛皮』については、1.4.5も参照。

「『紅茶はいかゞですか。紅茶はいかゞですか』
 白服のボーイが大きな銀の盆に紅茶のコツプを十ばかり載せてしづかに大股にやつて来ました。

『おい、紅茶をおくれ』イーハトヴのタイチが手をのばしました。ボーイはからだをかゞめてすばやく一つを渡し銀貨を一枚受け取りました。

 そのとき電燈がすうつと赤く暗くなりました。
 窓は月のあかりでまるで螺鈿のやうに青びかりみんなの顔も俄かに淋しく見えました。

『まつくらでござんすなおばけが出さう』ボーイは少し屈んであの若い船乗りののぞいてゐる窓からちよつと外を見ながら云ひました。
『おや、変な火が見えるぞ。誰かかがりを焚いてるな。をかしい』

 この時電燈がまたすつとつきボーイは又
『紅茶はいかがですか』と云ひながら大股にそして恭しく向ふへ行きました。」







作者の設定によれば、↑これは、北極圏に向かう《ベーリング鉄道》という架空の鉄道の夜行列車なのですが、

列車の中で白服のボーイが紅茶を売って歩くという状況は、1等客車に限られたのではないでしょうか★

★(注) 当時の1等客車(の一部?)にはボーイによる給仕のサービスがあったそうです。とくに、展望車(1等客車の中でも最高級)には、テーブルを囲んでお茶を飲んで歓談するスペースがあったようですから、展望車ならば、ボーイが紅茶の茶碗を片付けるという「第48葉」の状況にも適合します。なお、2等客車にもボーイ・サービスがあったかどうかは分かりませんが、@など幾つかの特急列車には、食堂車も連結されていましたから、ボーイのいる食堂車の状況だとすれば、展望車とは限らないことになります。

ともかく、「おばけが出さう」なほど暗い風景は、遅いスピードで走る当時の夜汽車の窓から外を見ているのだとすれば、納得がいきます。

『氷河鼠の毛皮』にも、断片「48葉」を経て、作者が取材した最初の状況が反映しているとすれば、これは夜行列車の1等客車内と思われます。とすれば、作者がそのような汽車旅をしたのは、1921年の政次郎氏と同行した関西旅行以外考えられません。

年譜によると、この関西旅行は、政次郎氏が滞京中の賢治の下宿を訪れ、4月2日夜に2人で東京を発っているようですから、特急夜行列車だった可能性が高いのです。

ところが当時、@の特急は下関行きで、東海道本線を昼間に、山陽本線を夜間に走りました。政次郎氏と賢治は名古屋で下車して伊勢神宮に向かっていますから、特急@に乗車したとすれば昼間です。

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