ゆらぐ蜉蝣文字


第4章 グランド電柱
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4.7.3

ところで、晴れた日に夕方からずっと見ていますと、

まず夕焼けが終って日が没した後、空は暗くなってゆくのと同時に青みを増して濃い藍色になって行きます。
そして、(街の中のほうが白いコンクリートが多いので分かりやすいのですが)地上の景色も青みがかってきます。

この時に写真を撮すと、写真にも青っぽい景色が写ります。これは、太陽からの直射が届かなくなって、拡散光(散乱光)だけになるためで、照らしている光自体が青い光なのです。眼のせいで青いわけではありません。

しかし、もっと暗くなって、日の光はまったく届かなくなって、月と星の明かりだけ(都会では、プラス電気の明かり)になってから、夜の景色が青っぽく見えるのは、プルキニエ現象によるもので、私たちの眼のせいです。
カメラには、青く写りません。

もっとも、夜の景色も、非常に長時間露光して撮ると、青みがかった神秘的な画面になります。これは長時間露光によってデジカメのカラー・バランスが崩れるのだそうで、私たちの眼のしくみとは違いますが、デジカメも錯覚を起こすことがあるようです:画像ファイル・プルキニエ現象



. 春と修羅・初版本
07ああ何といふいい精神だ
08株式取引所や議事堂でばかり
09フロツクコートは着られるものでない
10むしろこんな黄水晶(シトリン)の夕方に
11まつ青(さ)おな稲の槍の間で
12ホルスタインの群(ぐん)を指導するとき
13よく適合し効果もある

「フロックコート」は、ウィキを引きますと:

「19世紀中頃から20世紀初頭にかけて使用された昼間の男性用礼装〔…〕ダブルブレストで黒色のものが正式とされ、フロックコートとシャツ、ベスト、ズボン、ネクタイで一揃いとされた」

と説明されています。

「ダブルブレスト」は、いわゆる“ダブル”、つまり胸前で布が重なる部分を広くとって、ボタンを二列付けた服です。いま日本では、結婚式でもよほど格式を重んじたい場合でなければフロックコートの貸衣装は借りないでしょう。
しかし、賢治の時代までは、校長先生☆や議員レベルの人は、毎日フロックコートを着ていたようです。

☆(注) そういえば、夏目漱石の『坊ちゃん』で、坊ちゃんが就職した愛媛・松山の中学校の校長が、いつもフロックコートを着ているので、フロックコートというあだ名を付けられていましたねww

. 画像ファイル・フロック・コート
↑↑こちらに第一次大戦後のヴェルサイユ会議の写真を貼っておきましたが、集まって来た各国代表は、みなフロックコートですねw

ヨーロッパでは今でも、…“クリスマス用フロックコート”なんていう広告が、ネットに出ていました。

礼装というより、オシャレで着る人が一部にいるんでしょうね。思いっきりクラシックなダブルのフロックコートを2種類貼っておきましたから見てください↑↑

ダブルで、裾はひざまで──が正式のフロック・コートで、ネクタイも、日本のサラリーマンがしてるような(ギトンもしてます 汗)細いひらひらのやつじゃダメなんですねw

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