ゆらぐ蜉蝣文字
□第3章 小岩井農場
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3.5.2
. 春と修羅・初版本
04ロビンソン風力計の小さな椀や
05ぐらぐらゆれる風信器〔…〕
とありますが、
「ロビンソン風速計」は、小さなお椀(風杯)を4つ付けた風速計です☆。「風信器」は風向計に同じ。
☆(注) 「ロビンソン風速計」は、風杯型風速計のうち、風程(空気の単位時間あたり移動距離)を表示する方式のものを云います。当時は風杯は4個でしたが、現在では電気式になったため、動きの軽い風杯3個のものが主流になっています。
農場に残っている記録によると、これらの観測器機は、観測方式が地上観測に変わった1921年ころに観測台から、耕耘部構内に移されたとなっています(『賢治歩行詩考』pp.36-40)
しかし、宮澤賢治の「小岩井農場」──この部分の【下書稿】を見ますと:
「あすこが本部だ。観測台は無い。
全く要らなくなったのだ。
要らなくなるのが当然だ。」
となっていて、1922年5月に賢治が来た時には、観測台自体が、もう取り壊されて無くなっていたのです。
「全く要らなくなったのだ。/要らなくなるのが当然だ。」と、非常に素っ気無い言い方をしているのは、
おそらく、これ以前に、観測機械が撤去されたカラの観測台を、すでに見ていたのだと思います。
観測をしなくなったのだから、櫓を置いておく必要が無くなった、それで、取り壊された──当然のことじゃないかと言っている訳ですが、
ここにはむしろ、取り壊された観測台に対する愛惜の念が、過剰と思えるほど現れています。
そして、《初版本》では:
03そのさびしい観測臺のうへに
04ロビンソン風力計の小さな椀や
05ぐらぐらゆれる風信器を
06わたくしはもう見出さない
と、観測機械を取り払われたカラの櫓があった時のようすが、《心象》の中に現出しているわけです。
「さびしい観測臺」という名指しは、用の無くなったヤグラの寂しさですが、
作者としては、今はもう存在しないヤグラに対する愛惜の気持ちを含んでいることになります。
賢治がカラの観測台を見たのは、雪に埋もれた1月だけではなく、前年の無雪期にも来ているのではないかという気がします。
いずれにしろ、賢治は、気象観測機械があった時には、たいへん気に入って、ここを通るたびに眺めていたのだと思います。
というのは、↓『銀河鉄道の夜』に描かれている《アルビレオの観測所》は、ここのロビンソン風力計をモデルにしていると思われるのです:『銀河鉄道の夜』《アルビレオの観測所》
賢治は、ロビンソン風速計の形と動きに、とくべつな愛着を持っていたのだと思います。
「アルビレオの観測所」の屋上に設置された「サファイアとトパース」2つの球は、二重星(食変光星)を思わせますが、また、ロビンソン風速計の風杯からヒントを得たようにも思えます。
「水の速さをはかる器械です…」という鳥捕りの説明は、検札が来たために途中で切れてしまいますが、もし最後まで説明したら、
“地球から見れば、この空間全体が天の川なのだから、天の川の水とは、いま窓の外を吹いている風のことなのだ”
という説明になったはずです。
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