ゆらぐ蜉蝣文字


第3章 小岩井農場
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3.7.7


. 春と修羅・初版本「パート7」

17トツパースの雨の高みから
18けらを着た女の子がふたりくる
19シベリヤ風に赤いきれをかぶり
20まつすぐにいそでやつてくる
21(Miss Robin)働きにきてゐるのだ

「シベリヤ風に赤いきれをかぶり」:「シベリヤ風」とは、ロシア女性が頭に巻くプラトーク(platok)を言っているのだと思います:画像ファイル・プラトーク

しかし、この「赤いきれ」は、じつは赤い手ぬぐいで、仕事着の襟に半襟のように当てていたのを、雨が降ってきたために頭にかぶったのです(『賢治歩行詩考』,pp.102-103)。小岩井農場の若者たちは、当時そんなふうに、ちょっとしたお洒落を楽しんでいたようです。

「(Miss Robin)」:robin は英語で“こまどり”。コマドリは頭が赤いので、あざやかな赤いきれをかぶった少女たちを、コマドリに見立てたのでしょう:画像ファイル・コマドリ

【下書稿】には、

「あの女の子とぶっつからずに
 あの農夫のところへ行きたいもんだ。」

とあります。また、17行目で、女の子たちは「トツパースの雨の高みから」やって来ると言っています。そうすると、作者、「農夫」、女の子たちの位置関係は、

@作者は、谷底にいて、「農夫」は、作者よりも少し上の耕地の下部にいる。なぜなら、作者からその姿がよく見えるのは、作者よりも高くにいるからで、しかも耕地の上部でないことは、1,3行目に、「とびいろのはたけがゆるやかに傾斜して〔…〕そのふもとに白い笠の農夫が立ち」とあることによって分かるから。

A作者と「農夫」の距離は約20メートル(24行目)。

A女の子たちは、「高み」から、作者のほうへ「まつすぐに急いでやつてくる」

Bこのまま女の子たちが下りて来ると、作者が「農夫」に達する前に、女の子たちに「ぶっつか」ってしまう。

Cつまり、丘の頂きから、耕地のふちに沿って下りてくる坂道があって、女の子たちは頂き付近に、作者は谷底にいる。「農夫」はおそらく両者の中間にいる。女の子たちは、坂道を急いで下りて来ようとしている──

というように推定できます。これを“長者館2号”の現場にあてはめると、略図の3枚目「長者館2号畑付近」のようになるでしょう:小岩井農場略図(2)

女の子たちは「働きにき」たのだとすれば、耕耘部のほう(図の下方)から“長者館2号”の右(東)のへりに沿ってやって来ているはずです。

22農夫は富士見の飛脚のやうに
23笠をかしげて立つて待ち
24白い手甲さへはめてゐる、もう二十米だから
25しばらくあるきださないでくれ
26じぶんだけせつかく待つてゐても
27用がなくてはこまるとおもつて
28あんなにぐらぐらゆれるのだ
29(青い草穗は去年のだ)
30あんなにぐらぐらゆれるのだ

「あんなにぐらぐらゆれるのだ」を2回書いて強調していますが、25行目以下は【下書稿】に無い加筆部分です。

下から作者が来ると思って、歩いたり立ちどまったりを繰り返している「農夫」のようすが、
作者は、よほど気になって記憶に残ったのでしょう。

おそらく、急に雨が降り出したので、見知らぬ外来者が雨宿りを求めて来ると思って、気持ち身構えているのかもしれません。

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