ゆらぐ蜉蝣文字


第2章 真空溶媒
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2.1.5


むしろ、イチョウの若葉か、ツララか、ということよりも重要なのは、
ここでのイチョウの小枝への“語りかけ”の中に、

「自然のなかをその一分子として歩く賢治の若やぎが感ぜられ〔…〕氷片もまた彼にとって同志──三角のわかものである。」
(山本太郎「詩人・宮澤賢治」,p.30)

ということだと思います。

. 春と修羅・初版本

12けれどもこれはもちろん
13そんなにふしぎなことてもない
14おれはやつぱり口笛をふいて
15大またにあるいてゆくだけだ

と言っているのは、そうした「自然の…一分子」となった気分ではないでしょうか。

読者としては、むしろ、腕を伸ばして鉄棒にぶらさがった少年たちの、透きとおるような・きゃしゃな身体を思い浮かべてもよいように思うのです。。

16いてふの葉ならみんな青い
17冴えかへつてふるえてゐる


以上、まとめますと:

ここは、展開しかけたイチョウの葉を見て、その冴えた青さから、
「硝子」でできた少年たちが「空を透き通してぶらさがっている」状況を、幻視しているのだと思うのです。

「けれどもこれはもちろん/そんなにふしぎなこと[で]もない」という‘言い訳'が、非現実の光景であることを示しています。

そうすると、このイチョウの葉の‘冴えた青さ'は、
作者が幻想の世界に足を踏み入れるきっかけ──幻想界の入り口になっているのだと思います。
それは、そらが透き通って見えるような「りつぱな硝子のわかもの」の幻視をはじめとして、
作者の若い感性が自由に展開する世界の・入り口にほかならないのです。

作者は、そのイチョウの小枝を「くぐつて」幻想界に入って行きます。

18いまやそこらは alcohol 瓶のなかのけしき
19白い輝雪のあちこちが切れて
20あの永久の海蒼がのぞきでてゐる
21それから新鮮なそらの海鼠(なまこ)の匂

「alcohol 瓶(アルコールびん)」は、どんなものを指しているのか正確に分かりませんが、お酒かエチル・アルコールの入っている瓶なのでしょう。
ネットで「アルコール瓶」の検索をかけると、いろいろな形のガラス瓶が出てきました:アルコール瓶製品リスト
作者の意図は、色のついた瓶かもしれませんね。
「alcohol 瓶のなかのけしき」は、褐色のビール瓶や青色ガラスを通して見たような・明け方の薄明かりの風景を言っているのではないでしょうか。

「そらの海鼠(なまこ)の匂」は、生臭い匂いだとすると、オゾン臭でしょうか。
すがすがしい朝の空気から→オゾンという発想でしょうが、ナマコの匂いは、どぎつい感じがします:画像ファイル・ナマコ

賢治の幻想世界では何事も極端になるようです。

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