ゆらぐ蜉蝣文字
□第2章 真空溶媒
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2.2.11
. 春と修羅・初版本
26脊中きらきら燦(かがや)いて
27ちからいつぱいまはりはするが
28眞珠もじつはまがひもの
29ガラスどころか空氣だま
30 (いヽえ、それでも
31 エイト ガムマア イー スイックス アルフア
32 ことにもアラベスクの飾り文字)
このへんから、“高音部”(字下げの無い声部)は、醒めた・やや皮肉っぽい調子を帯びてきます。
「燐光珊瑚‥正しく飾る眞珠のぼたん」などと褒めちぎったり、「眞珠もじつはまがいもの」などと貶したり、水槽の外ではいろいろなことを言っていますが、何を言われようとおかまいなく、「舞手」は“エイト・ガムマア‥の舞い”を踊っている、というわけです。
33水晶体や鞏膜(きやうまく)の
34オペラグラスにのぞかれて
35おどつてゐるといはれても
36真珠の泡を苦にするのなら
37おまへもさつぱりらくぢやない
「水晶体」「鞏膜(きょうまく)」は、眼の構造部分:画像ファイル・眼の構造
「水晶体」はレンズ。
「鞏膜」は、眼球全体を包んでいる膜。つまり、“しろめ”です。鞏膜の一部が円く透明になった場所が“角膜”で、いわば目玉の窓になります。この窓を透して、中にある光彩と瞳孔を見たけしきが、私たちの見慣れている“目”というわけです。
つまり、ユスリカの踊りを見ている作者、あるいは人間たちを、
「水晶体や鞏膜の/オペラグラス」
と言っているわけです。
38 それに日が雲に入つたし
39 わたしは石に座つてしびれが切れたし
40 水底の黒い木片は毛蟲か海鼠(なまこ)のやうだしさ
41 それに第一おまへのかたちは見えないし
42 ほんとに溶けてしまつたのやら
43それともみんなはじめから
44おぼろに青い夢だやら
日が雲に入って暗くなったので、手水鉢の中がよく見えなくなったのでしょう。作者は、ユスリカの姿を見失ってしまいました。
38行目から、第3の声部が現れました。
この第3声部のつぶやきに、醒めた高音部(第1声部)が皮肉っぽく応じます。
これに対して、ロマンチックな第2声部が反論します:
. 春と修羅・初版本
45 (いゝえ、あすこにおいでです おいでです
46 ひいさま いらつしや[い]ます
47 8(エイト) γ(ガムマア) e(イー) 6(スイツクス) α(アルフア)
48 ことにもアラベスクの飾り文字)
49ふん、水はおぼろで
50ひかりは惑ひ
51蟲は エイト ガムマア イー スイックス アルフア
52 ことにもアラベスクの飾り文字かい
53 ハッハッハ
54 (はい またくそれにちがひません
55 エイト ガムマア イー スイックス アルフア
56 ことにもアラベスクの飾り文字)
最後は、3つの声部が、たがいに絡み合いながら終結するおもむきです。