ゆらぐ蜉蝣文字


第1章 春と修羅
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1.17.7


. 春と修羅・初版本

 ┃
よ┃ 野ばらが咲いてゐる 白い花
 ┃
と┃ 秋には熟したいちごにもなり
 ┃
す┃ 硝子のやうな實にもなる野ばらの花だ
 ┃
れ┃  立ちどまりたいが立ちどまらない
 ┃
ば┃ とにかく花が白くて足なが蜂のかたちなのだ
 ┃
そ┃ みきは黒くて黒檀(こくたん)まがひ
 ┃
の┃  (あたまの奥のキンキン光つて痛いもや)
 ┃

野薔薇が咲いていると言うんですが…
ちょっと野薔薇の写真を見てもらいましょう。日本でふつうにある野生のバラは、ノイバラです:画像ファイル・野茨
たしかに白い花ですが、実は苺に似てはいません。花も、「足なが蜂のかたち」ではありません…
(それから、ノイバラならば、東北の5月半ばには、まだ咲いていないかもしれません)

ギトンが思いついたのは、モミジイチゴという木苺(きいちご)の一種です。関東の野山には多いのですが、春先に咲く白い花が野薔薇によく似ています(画像参照↑)。また、棘がたくさんある点でも、いばらのようです。
花がみな下を向いて咲くので(一枚目の写真は、手でねじって、むりやり上を向かせて撮ったんですよww)、長い雄しべが昆虫の脚のように見えて……アシナガバチが飛んでいる形に見えるんです(写真では、雄しべがよく見えないので、分かりませんけどね)。
もちろん、「熟したいちご」の黄色い実を付けます。実は透き通って「硝子のやう」です。そして、たいへん美味しいです^^ 木苺のなかでは、モミジイチゴがいちばん美味しいと思います。(食べたことのない人は、ぜひいちど山沿いに出かけてご賞味ください)

モミジイチゴが東北にもあるかどうかは……じつは知らないんですが…、近種はあるのではないかと思います。
ですから、たぶん…賢治は、野薔薇を木苺と混同しているのだと思います…
あるいは、わざと混同しているのかもしれません。さきほどの「つめくさ」といい、この「のばら」といい、賢治にしては珍しく、植物の名前がいい加減です(ギトンでさえ分かるのにwww)。

植物の名前をよく知らない誰かと歩いているのかもしれませんね。それで、適当なことを言って、からかっている…(ちなみに、この日は日曜日です)

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. 春と修羅・初版本
黒檀(こくたん)は、熱帯にある樹木で、材(幹の中)が黒くて、たいへんに重く堅いので、高級なタンスや仏壇の材料になります。バイオリンやギターの指板にも使われています:画像ファイル・こくたん

「みきは黒くて黒檀まがひ」

は、材が黒いのではなく、樹皮がなめらかで黒いという意味ですね。
野薔薇や木苺のことではなくて、黒い木が集まって生えているのでしょうけれども… 広葉樹林に生えてるんならエゴノキではないかな?
エゴノキは、細く株立ちした黒い幹が特徴の落葉樹ですが、毒性のサポニンを多く含んでいるため、昔は‘毒もみ’漁(水中に毒を散布して魚を浮き上がらせて捕る漁法)に使ったと云われます。★
次の行で、「もや」があって頭痛がすると言っていますが、エゴノキの毒性から連想しているのでしょう。(じっさいのエゴノキのサポニンは、毒性の「もや」を発散させたり頭痛を起こしたりはしません)

★(注) 賢治には、「毒もみのすきな署長さん」という童話がありますが、そこで使われているのは、エゴノキではなくサンショウの皮の粉です:毒もみのすきな署長さん

「もや」は、作者の「あたまの奥」にあるのと同時に、風景にもあって、「もや」が「キンキン光って」います。
‘黒い木’の藪を、上から見た心象(ずゐぶんよく据えつけられてゐる)と、中に入っているときの心象(キンキン光つて痛いもや)が対比して述べられます。

シロツメクサ→モミジイチゴ→エゴノキの順に出てきたんだとすると、作者は、開けた草原から林縁へ、さらに雑木林の林内へ入ってきたことになります。
もしかして、作者は、読者に植物名の謎解きをさせているのではないか?…と思ってしまいますね…

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