ゆらぐ蜉蝣文字


第1章 春と修羅
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1.15.4


さて、中間部分を検討します:

. 春と修羅・初版本

05 さつきはすなつちに廐肥をまぶし
06  (いま青ガラスの模型の底になつてゐる)
07ひばりのダムダム弾がいきなりそらに飛びだせば

「さつき」は、五月ではなく、‘先刻(さっき)’の意味。

「青ガラスの模型」とは、

(a) ガラスのふたが付いた箱に砂と土を混ぜて入れ、厩肥をまぶして苗床を作っているようにも読めますが

(b) 砂質の畑に厩肥を施す作業だとすれば、「青ガラスの模型」とは畑の上の空のことでしょう。

「ひばりのダムダム弾」が現れますから(b)ではないかと思います。
砂質だということは、畑は川の近くにあるのでしょうか。

「ダムダム弾」は、危険なので使用が制限されている弾丸の一種です:画像ファイル・ダムダム弾

さっきは、低地の畑(農学校の実習地でしょう☆)で作業をしていた。作業が終って引き揚げてきて、
「いま」小高い場所(おそらく花巻城址)から、さっきの畑のほうを眺めると、「青ガラスの模型の底」のような低地から、ヒバリが勢いよく囀りながら上がってゆく…

☆(注) 稗貫農学校の実習地は、花巻城址の北側の低地、瀬川の川辺近くにありました。

ここで、“鳥は異界との間を往き来する使い”だという古い信仰を想起すると、
「ひばり」が上がって行くのも、単なる春の風物ではないことになります。

そこで、その次の行:

08  風は青い喪神をふき
09  黄金[きん]の草 ゆするゆする

も、単なる北国の春の肌寒い風景にとどまらないことになります。「喪神」にしろ、「黄金の草」にしろ、異世界に通じる恐ろしげな雰囲気が、ほの見えるのです。

しかし、この詩「風景」では、作者は異世界の幻想に没入してしまうことは、しません。
おそらく、生徒を連れて実習中だという緊張感が、作者をこの世界に繋ぎとめるのでしょう:

10   雲はたよりないカルボン酸
11   さくらが日に光るのはゐなか風だ

このように、最後はまた、ぼんやりと“日に光る満開桜”──眠ってしまうような春景色に戻って、この詩は終ります。




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