ゆらぐ蜉蝣文字


第1章 春と修羅
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1.2.2


しかし、ギトンは、もう少し1月6日の事実に即して、別の読みを述べてみたいと思います。

まず、「ふぶき」ですが、↑前nの「小岩井農場」の引用にあった「こヽいらの匂のいヽふぶき」とは、

強風を伴う降雪の吹雪ではなく、地面に積もった新雪が、風を受けて舞い上がったり移動したりしている──ごく穏やかな地吹雪だと思います。

というのは、岡澤氏によれば、農場員の日誌には、1月2日、4日に降雪があり、6日の天候は「半晴」(晴れ+曇り?‥降雪は無い。)だったことが記録されているからです(岡澤敏男『賢治歩行詩考』,p.44)。

また、「小岩井農場」中の回想記事にも:

. 春と修羅・初版本

「(ゆきがかたくはなかつたやうだ
  なぜならそりはゆきをあげた
  たしかに酵母のちんでんを
  冴えた気流に吹き上げた)
 あのときはきらきらする雪の移動のなかを」 
(パート4,38-42行)

「風やときどきぱつとたつ雪と」 
(同,47行)

とあります。

つまり、この日には、ホワイト・アウトするほどの吹雪は無かったと思うのです。したがって、清六氏が想像するような・方角を見失っていたときに、鞍掛山の尾根続きを遠くに見出して感動した──という体験ではないと思います。

. 春と修羅・初版本

01たよりになるのは
02くらかけつづきの雪ばかり
03野はらもはやしも
04ぽしやぽしやしたり黝(くす)んだりして
05すこしもあてにならないので
06ほんたうにそんな酵母のふうの
07朧ろなふぶきですけれども
08ほのかなのぞみを送るのは
09くらかけ山の雪ばかり
10(ひとつの古風な信仰です)

 ⇒地図:鞍掛山

「くらかけつづき」は、鞍掛山を指しています。鞍掛山は、↑地図で分かるように、岩手山の中腹にある小さな出っ張りです(高くなってはいません)。麓から見ると、岩手山の手前に山のように見えますが、ピークがあるわけではないのです。

↓1.1.3 の写真をもう一度出しますが、このように、突端部に日が当たって、尾根状の連なりが見えているのを、くらかけ「つづき」と呼んでいるのだと思います。





ところで、岩手山の上部が真っ白に冠雪している時でも、鞍掛山は真っ白くはなりません。標高が低いので(871m)、雑木に覆われていて、雪が積もっても、枯れ木の褐色が残るのです。

鞍掛山の森林は、登った方の写真↓で見ますと、アカマツ、カラマツ、ミズナラ、シラカバなどの混交した二次林のようですね:画像ファイル・鞍掛山

細い木が多いことから推して、人の手でしばしば伐採されてきたのだと思います。したがって、

むかしは──賢治の時代には、今より木が少なくて、雪が積もると、もっと白く見えた可能性はあると思います。昔は、今よりも雑木の利用は多く、保護は薄かったはずですから。しかし、それにしても、「くらかけつづきの雪」「くらかけ山の雪」は、真っ白ではないと思ってよいのではないでしょうか。
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