『心象スケッチ 春と修羅』
□小岩井農場
14ページ/28ページ
(白樺だらう 楊ではない)
耕耘部へはここから行くのがちかい
ふゆのあひだだつて雪がかたまり
馬橇ばそりも通つていつたほどだ
(ゆきがかたくはなかつたやうだ
なぜならそりはゆきをあげた
たしかに酵母のちんでんを
冴えた氣流に吹きあげた)
あのときはきらきらする雪の移動のなかを
ひとはあぶなつかしいセレナーデを口笛に吹き
往つたりきたりなんべんしたかわからない
(四列の茶いろな落葉松らくやうしやう)
────────
けれどもあの調子はづれのセレナーデが
風やときどきぱつとたつ雪と
どんなによくつりあつてゐたことか
それは雪の日のアイスクリームとおなし
(もつともそれなら暖炉もまつ赤かだらうし
muscobite も少しそつぽに灼やけるだらうし
おれたちには見られないぜい澤たくだ)
春のヴアンダイクブラウン
きれいにはたけは耕耘された
雲はけふも白金はくきんと白金黒はくきんこく
そのまばゆい明暗のなかで
ひぼりはしきりに啼いてゐる