ゆらぐ蜉蝣文字


第1章 春と修羅
45ページ/114ページ


1.9.8


. 春と修羅・初版本
かなり駆け足で来たつもりだったのですが、7ページもかかったのですね。。。

やはり、この詩は非常に中身が濃いのだと思います。

さて、最初に戻って、問題点と難読語を見ていきましょう。

01心象のはいいろはがねから
02あけびのつるはくもにからまり
03のばらのやぶや腐植の湿地
04いちめんのいちめんの諂曲模様
05(正午の管楽よりもしげく
06 琥珀のかけらがそそぐとき)

07いかりのにがさまた青さ
08四月の氣層のひかりの底を
09唾し はぎしりゆききする
10おれはひとりの修羅なのだ
11(風景はなみだにゆすれ)

最初のうちは、括弧書きの行が詩想の切れ目になっているようです。そうやって、ヴォーカルと伴奏の、あるいは謡いと囃し手の、と言ってもいいですが、掛け合いになっています。
しかし、ずっとそうなっているわけではありません。あとのほうになると、まとまった詩行のかたまりの途中で合いの手が出てきます。

まず「はいいろはがね」ですが、
『冬のスケッチ』から例を出しますと:

「  ※
2これはこれ、はがねをなせる
 やみの夜のなつかしき灰いろなり
 そらよりは霧をふらしたれば
 まちの灯は青く見え
 らんかんは夢みたり、
 又、鳥そらの方に鳴きて
 川水鳴りぬ、これはこれ
 まことのやみの灰いろなり。
   ※」
(『冬のスケッチ』,25葉,§2)

「  ※
灰いろはがねの夜のそこ
 砂利にからだをほうり出せ。
   ※
灰鋳鉄のよるのそこ
 あるき出せば風がふき出す

 黒のフィウマス、並木松、
 風が軋るぞ、あるき出せ。
   ※」
(『冬のスケッチ』,26葉,§2,3)


「  ※
灰鋳鉄のやみのそこにて
 なにごとをひとりいらだち
 罵るをとこぞ 天ぎらし。」
(『冬のスケッチ』,26葉,§5)



「灰いろはがね」のほか、「はがねをなせる‥灰色」「灰鋳鉄」など、同じ現象を指す表現がいくつか出てきますが、
いずれにしろ、作者の“心の中の景色”ではなく、また、空(そら)そのものでもないようです。

夜空も地上の景色もひっくるめて、真っ暗な夜道を歩いているときに感じる・あたりの印象を言っているようです。

「霧」や「まちの灯」、橋の「らんかん」、「並木松」などが見えているので、まったくの暗黒ではなくて、やはり町の街燈や星明りや川面の反射などで「灰いろ」なのだと思います。そうした夜の地上の状態が「はいいろはがね」なのです。

「なつかしい」と言っていますし、「歩き出せば風が吹きだす」と言っていますから、恐ろしい・あるいは不快な闇ではなく、むしろ、作者を快く包んでくれるやさしい闇夜なのだと思います。

「砂利にからだをほうり出せ。」

↑ひとりで歩いているから、そうなりますが、
いっしょに歩いている人がいたら、抱き寄せてキスをしたくなりますよね?w‥そんな闇です。

「なにごとをひとりいらだち
 罵るをとこぞ 天ぎらし。」

親しい闇に包まれると、昼間抑えられていた「いらだち」「いかり」の気持ちが、ふつふつと煮えたぎるように噴き出してくることもあります‥

それが、作品「春と修羅」へ繋がって行くのだと思います。

もっとも、作品「春と修羅」のほうは昼間ですが、

「はいいろはがね」──つまり、なつかしい宵闇の印象は、いつも心の中にあって、昼間でも、夜をなつかしむようにこれを抱いている‥それが、「心象のはいいろはがね」なのだと思います。



.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ