ゆらぐ蜉蝣文字


第1章 春と修羅
32ページ/114ページ


1.7.7


さて、以上の『冬のスケッチ』断片の検討によって、
「ぬすびと」の

春と修羅・初版本

06二つの耳に二つの手をあて
07電線のオルゴールを聽く

は、山梨県の故郷と東京を往復して努力を続けている保阪‥かりにそうでないとしても、誰か遠方の恋人に対する已みがたい思慕を表していることが明らかになったと思います。

「提婆のかめ」──デーヴァダッタの厳しい戒律が象徴するように、
父とも、この地方のマジョリティーとも異なる厳格な宗派に身を投じて、家の中では落ち着く場所さえなくなった作者は、
自分の家にも入って行けない「ぬすびと」のような存在なのかもしれません。

そうした作者の影ぼうしが、「提婆のかめ」を運び去ってゆくような動きをしているのを、作者は眺め、

しかし、急に思い直したように、遠い南の地で、やはり家族との葛藤に悩んでいるであろう最愛の恋人からの通信に、じっと耳を澄ますのです‥
まるで、こころよいオルゴールの音(ね)を求めるかのように‥






【8】へ
第1章の目次へ戻る
.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ