ゆらぐ蜉蝣文字


第1章 春と修羅
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【8】 恋と病熱





1.8.1


春と修羅・初版本

.   戀と病熱
01けふはぼくのたましひは疾み
02烏(からす)さへ正視ができない
03 あいつはちやうどいまごろから
04 つめたい青銅(ブロンヅ)の病室で
05 透明薔薇の火に燃される
06ほんたうに、けれども妹よ
07けふはぼくもあんまりひどいから
08やなぎの花もとらない

行頭の字下げによって、前後(1-2,6-8行目)と中間部(3-5行目)の2つの部分に分かれます。

中間部は、対応する下書きが『冬のスケッチ』に見当たらないことから、「恋と病熱」にまとめる段階で書き加えた詩行と思われます。「青銅(ブロンヅ)の病室」「透明薔薇の火」といった表現も、『冬のスケッチ』とはやや異質のもので、『春と修羅』以後に顕著に見られる‘幻燈’のような華麗さがあります。したがって、中間部は、詩集『春と修羅』に向けて本格的に詩作を始めてからのものだと考えます。

賢治の一番上の妹・トシ子は、「恋と病熱」の日付1922年3月20日の当時は、豊沢町の実家で病床に就いていました。トシ子はそのまま快復することなく、同年11月に他界したことは、『春と修羅』の第6章「無声慟哭」にも描かれているとおりです:春と修羅・初版本
 ↑↑作中の「あいつ」「妹」は、トシ子を指しています。

しかし、トシ子に関しては、あとでまた見るとして、
『冬のスケッチ』の整理推敲で作られた前後部分から見て行きたいと思います:

01けふはぼくのたましひは疾み
02烏(からす)さへ正視ができない
 〔…〕
06ほんたうに、けれども妹よ
07けふはぼくもあんまりひどいから
08やなぎの花もとらない

まず、1-2行目について、もとになった断片は、↓↓つぎの通りです。対応する部分を太字で示します:

からす、正視にたえず、
 また灰光の桐とても
 見つめんとしてぬかくらむなり。
  ※
たましひに沼気つもり
 くろのからす正視にたえず

 やすからん天の黒すぎ
 ほことなりてわれを責む。
  ※
3きりの木ひかり
 赤のひのきはのびたれど
 雪ぐもにつむ
 カルボン酸をいかにせん。
  ※
4かなしみをやめよ
 はやしはさむくして」

(『冬のスケッチ』,17葉)

佐藤勝治氏によりますと、この断片は、
賢治の勤務先の農学校(1922年当時は「稗貫農学校」という名称で、花巻城址のすぐ南にありました)の裏手にあった御濠、桐畑、杉林のあたりを歩き回っている情景です☆

☆(注) 佐藤勝治『“冬のスケッチ”研究』,増訂版,p.61.

「ぼくのたましひは疾み」が、『冬のスケッチ』では、「たましひに沼気つもり」(「沼気」は、メタンガス),「灰光の桐」「黒の烏」と、より具体的に書かれていてイメージが湧きます。

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