ゆらぐ蜉蝣文字


第1章 春と修羅
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1.4.6


. 春と修羅・初版本

09野はらのはてはシベリヤの天末
10土耳古玉製玲瓏のつぎ目も光り
11  (お日さまは
12   そらの遠くで白い火を
13   どしどしお焚きなさいます)
14笹の雪が
15燃え落ちる、燃え落ちる


第3連です。

9行目から、作者の正面の「野はらのはて」はシベリア、つまり北西季節風の吹いて来る方向で、
作者は第3連でも、向かい風に立っていることが分かります。

第2連のようにはっきり「風」とは書いてありませんが、「シベリヤの天末☆」「笹の雪が/燃え落ちる」など、北西季節風が吹きすさんでいることは言外の前提です。
野原の果ては、シベリアの地平線につながっているというのです。

☆(注) 「天末」ないし天末線(スカイライン)は、地平線と同じです。遠くに山があれば、地平は“平ら”ではないので、賢治はしばしば、天末線という用語を使います。

「土耳古玉(ぎょく)」は、トルコ石のことで、青色〜緑色の不透明な鉱物・宝石です:画像ファイル・トルコ石
→ご覧のように、水色っぽい色で、軟らかそうな質感がありますね。

「玲瓏」は、もともと中国語では、宝石や金属が触れ合うリンロンという澄んだ音ですが
辞書を引きますと、

「透き通るように美しいさま
 宝石のように輝くさま。」

とあります。
したがって、「土耳古玉製・玲瓏」で、雲が薄く広がった明るい水色の空を言っているのだと思います。
しかも、その空には「継ぎ目」があって、空の‘向こう側’の光が漏れてくるかのように、鋭く輝いています。

《イントロ》の【4】で見ていただいた賢治の自筆水彩画ですが:宮沢賢治の絵
空が割れて、向こう側の異界が見えるようすが、描かれています。

──その「つぎ目」が、いまは閉じて光っているのでしょうか。

11  (お日さまは
12   そらの遠くで白い火を
13   どしどしお焚きなさいます)

太陽は、「日輪と太市」では「天の銀盤」でしたが、

ここでは、温度は冷たいままで、かまどの火が燃えさかるように「白い火」を焚いています。熱湯がにえたぎるような、あるいは、巨大な心臓が脈打つような激動が伝わって来ます。

「シベリアの天末」から吹きすさんで来る強風に対抗するかのように、日は、冷たい炎を熾こしているのです。

14笹の雪が
15燃え落ちる、燃え落ちる

「くらかけの雪」では、雪が日に照らされて溶け落ちるようすは:

「ぽしやぽしやしたり黝(くす)んだり」

と表現されていましたが、

いまや、笹から落ちる雫さえ★、厳しい北風と、冷たく強い陽射しの中で、美しく燃え熾かっているのです。

★(注) 次のスケッチ「カーバイト倉庫」には、「山峡」から下りて来る途中で みぞれになったことが書いてあります。したがって、事実としては、笹の雪から雫が垂れているのは、みぞれが降り出したためかもしれません。しかし、詩の読み方としては、言葉どおり、雪が「燃え落ちる」ありさまを想像してよいのではないでしょうか。

「くらかけの雪」から「丘の幻惑」への・この変化は、生滅流転する自然の輝かしさの発見──ということができるでしょう。

そういえば、電信柱の影も、今は黒くないのでした。
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