ゆらぐ蜉蝣文字


第1章 春と修羅
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1.4.2


. 春と修羅・初版本
「丘の眩惑」という題名ですが、《初版本》の目次では「丘の幻惑」になっているのです。辞書を引いてみますと:

げんわく【×眩惑】
[名](スル)目がくらんで正しい判断ができなくなること。また、目をくらまして、まどわすこと。「照明灯の光に眩惑されて落球する」

(デジタル大辞泉)

げんわく【幻惑】
( 名 ) スル
人の目をくらまし,心や判断をまどわすこと。 「たくみなトリックに幻惑される」
〔「幻惑」は魔術・トリックなどありもしないことで目先をまどわすことであるが,
それに対して「眩惑」は表面の美しさなどによって目をくらまされて正常な判断を失うことをいう〕

(大辞林)

すこし用例を拾ってみますと:

「ヘッドライトによる対人・対車への視界眩惑による危険性」
(ウィキ、「グレア」)

「彼女の美しさに魅せられた『わたし』は幻惑的な恋に引き込まれてゆく」

「読者を幻惑するトリックの数々」

…つまり、「眩惑」は、まぶしい光で目が眩んでしまうこと。「眩」は、「目」に「玄(くろ)」ですから、目が見えなくなるということでしょう。プロトタイプは:“対向車のヘッドライトの眩惑”

幻惑」のほうは、魔法や手品にだまされて、幻(まぼろし)を見ていること。プロトタイプは、“妖艶なオカマの幻惑”(笑)

「丘の眩惑」の場合は、内容から言うと「幻惑」でもよいような気がしますが、
作者としては、“丘の眩しさのせいで、異常な感覚を体験した”ことを強調したいのだと思います。

01ひとかけづつきれいにひかりながら
02そらから雪はしづんでくる
03電しんばしらの影の藍靛(インデイゴ)や
04ぎらぎらの丘の照りかへし

それでは、まず第1連↑

なんとも透明でくっきりした原色の世界ですね。ゆっくりと下降して来る羽根のような雪のほかには動くものもない静寂‥
長く延びた夕刻の影は、黒でも灰色でもなく、インディゴ色です。

インディゴ(インジゴ indigo)は、熱帯樹木のインドアイなどから採れる青藍色の染料:画像ファイル 中国・日本では、タデの仲間の“藍”草を栽培して採りました。19世紀後半にバイヤーらによって化学合成法が発明され、現在では(賢治の時代でも)、合成品がほぼ100%です。

現在、インジゴの最大の用途はジーンズ。日本では浴衣(ゆかた)の染色も主にインジゴです。

電信柱の藍色の影は、キリコの絵画のような幻想的な風景を思わせます。

雪の積もった丘が、傾いた横殴りの陽を受けて、ぎらぎらと光っています。




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