ゆらぐ蜉蝣文字


第0章 いんとろ
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0.5.4


ちょっと脱線しましたが、
天(異界)からの墜落ということでは、
まえに挙げた「ペンネンネンネンネンネン、ネネムの伝記」のほかに、
童話「雁の童子」が挙げられると思います。

ただ、雁の童子の場合には、
人間界に落ちて来て、老夫婦にしばらく育てられますが、
やがて古代遺跡の発掘によって前世の秘密が明らかにされると、息を引き取ってしまう──天上へ帰って行く──ところで、この物語は終っています。
また、童子の地上での生活も、馬の親子が引き離されるのを見て泣いたり、魚を食べることを怖がったりと、たいへん‘不適応’です。
「雁の童子」のテーマは、童子と須利耶という2つの魂が、つかの間めぐり合っては、前世での互いの縁(えにし)を知ったとたんにまた離ればなれになってしまうという悲哀にあるのだと思います。
それは、切れることのない親子の情とは少し違うものかもしれません。むしろ、分かちがたく結びつけられた深い友情ないし愛情を示しているように思われます。

雁の童子は、『夜』のジョバンニとは逆の位相を持っていることにも注意したいと思います。ジョバンニは、物語の最初でも最後でも、地上の人間ですが、引き離されようとする最愛の友にめぐり合うために、天上の世界に旅立つのです。
童子は、これと逆に、物語の最初と、最後(物語が終った後というべきでしょうか)においては、天上の存在であり、前世の父であった須利耶とめぐり合うために地上に降りて来るのです。

このように、賢治には

  ○人界と異界の二重存在という観念

  ○異界(または自然界)から人界へ入って行こうとする已みがたい志向

が一貫してあって、
そこから展開するさまざまなバリエーションが、宮沢賢治の作品世界を造っているのではないでしょうか……





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