ゆらぐ蜉蝣文字


第0章 いんとろ
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0.2.7


「…北上山地の一つの稜を砕き
 まっしろな石灰岩抹の億噸を得て
 幾万年の脱滷から異常にあせたこの洪積の台地に与へ
 つめくさの白いあかりもともし
 はんや高萱の波をひらめかすと云っても
 それを実行にうつしたときに
 ここらの暗い経済は
 恐らく微動も
 しないだらう」
(314番「業の花びら」下書稿(1)手入れ)

と、農民たちの産業組合構想が成功し、石灰岩末の施用によって痩せた酸性土壌が改良されたとしても、「ここらの暗い経済は/恐らく微動も/しないだらう」と言うのです。

しかし今、作者は、眼下にエメラルドの海を望みながら、

因習にとらわれない新しい世代が育っていることに、
未来の希望を託しています。

当時、宮澤賢治には、失意の胸に《希望》を燈す恋の対象があったかもしれないと思います。

1月9日に三陸旅行から帰って来た賢治は、
学校の寄宿舎に泊り込んで、実家には全く戻らない日々が続いたと云います。

そして、1月10日から18日までの9日間に、じつに41篇の詩が書かれ、破棄されているのです。
そこには、賢治の《もうひとつの恋》が隠されていたのかもしれません。

「わたくしはそのがらんとした巨きな寄宿舎の
 舎監に任命されました
 恋人が雪の夜何べんも
 黒いマントをかついで男のふうをして
 わたくしをたづねてまゐりました
 そしてもう何もかもすぎてしまったのです」

(1057番〔古びた水いろの薄明穹のなかに〕(1927.5.7.)、『詩ノート』所収)


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