* パロディ *
□せんせい、あのね
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* せんせい、あのね *
『先生が好きです。
どうしたら先生のお嫁さんになれますか?』
「ぶほッ!!!」
「ちょ!何すんのよ!きったないわねぇッ!!」
昼休み、保健室のソファでボクはお茶を吐き出した。
保険医の乱菊がぎゃぁぎゃぁ言っとるけど、堪忍、それどころやない。
「な、何やぁ?」
手にしたノートをもう一度まじまじと見て、読み間違えでないことを確認するとパタンと閉じる。
閉じれば消える、と思いたいわけやない。乱菊が背後から覗こうとしたからや。
「ケチ」
ぷぅ、と頬を膨らませても可愛かないで。
ボクはノートを守るように抱きしめて、うーん、とうなった。
「何?無理難題ふっかけられた?」
余程困った顔をしとるんやろか。向かいのソファですらりとした足を組み、乱菊が膝に頬杖をつく。
「いや別に…」
歯切れの悪いボクに、ふーん、とつまらなそうに伸びをすると、乱菊はボクの持つノートを指差した。
「まぁいいけど。それにしてもアンタも物好きよねぇ。そんなん、アンタのとこぐらいでしょ」
「別にええやん。『先生、あのね』はボクと生徒の交換日記なんやから」
「今時…。せめてメールにしたらぁ?」
「そんなんあかーん!」
ボクはぐっ!と拳を握りしめた。
小学校の先生になった一年目からずっと続けとるこれは、ボク等の交換日記やねん。
クラスの子ひとりひとりに、表紙におっきく『先生、あのね』と書いたノートを渡したとき、皆おめめをまんまるにしとった。
でも「みんな毎日思ったこと書いて来てな。ボクお返事するから」と言ったら、みーんなおめめキラキラさせて喜んでくれとった。
いっぱい書いてくれる子、文章書くんが苦手なんか、なかなか進まへん子。色々おるけど、みんな一生懸命やねん。
なのに小さな子にメールなんて、そんなん間違うてる。
「だって大変でしょ?アンタだって」
「せやけど、やっぱり手書きやから意味あるんよ?メールの文字なんて、ほんとはどう思っとるのか解らんやん」
「顔文字だって絵文字だってあるじゃない」
「そんなんもっとアカンわ」
話にならん。むっとしてボクは乱菊から顔を背けた。
メールの文字からは感情は読みとれん。
「ごめんなさい」と思とっても言えへん子や、「大丈夫」って言いながらほんまは傷ついてる子だっておる。
字を書く練習だけやない。
そういう感情を見落とさないためにも、手書きで続けることが重要なんや。
「まぁ無理せずに。ところであの天才少年クンも書いてきてんの?」
「当然やろ!冬獅郎クンなんてもう十一冊目やで!」
ふふん!と胸に抱いたノートの表紙を見せ付ける。
そこには大きな字で『先生、あのねJ』と書かれとって、毎月一冊ペースで書いてくれとることが解る。それに乱菊も気付いたらしく、心底意外そうに目を瞠った。
「へぇ〜。驚いた…」
「別に驚くことやあらへんよ?冬獅郎クンは素直なええ子やで」
「別に素直じゃないとか良い子じゃないとか言ってないじゃない」
苦笑しながら乱菊はボクが吹き出した茶を拭くと、すっくと立ち上がった。
乱菊の言いたい事は解る。
冬獅郎クンは、いわゆる天才少年。
ほんまはこの学校やのうて、国の能力開発センター辺りで勉強するんが普通なんやろと思う。
でも、冬獅郎クンはそんなとこ行きとうない、この空座小学校に入学したい、って言うたらしい。
冬獅郎クンのお父さんとお母さんは、天才児の親にしてはおおらかで冬獅郎クンの好きにさせたかったんやて。
後から知ったんやけど、ほんまはウチも冬獅郎クンを受け入れる事を迷っとったらしい。
なのに、どういう事なんか解らんけど、冬獅郎クンはウチの小学校に入学してきたんや。
…ウチの、なんて言うてるけど、冬獅郎クンは今三年生。ボクは先生になって二年目。
冬獅郎クンの方が先輩なんやけどな。
天才児、なんて言うても、やっぱり子供。
能力なんて、伸ばしたかったら学校に行きながらだって十分や。
同い年の子と遊んだ記憶がない、とかあんまりやろ。
布きんを洗ってくるついでに、乱菊が新しいお茶を淹れてくれた。
おおきに、と礼を言って受け取ると、ボクはまた冬獅郎クンのノートを開く。
当たり前やけどさっきと同じ文字が飛び込んできて、再びうーん、と口を捻った。
ほんま、どないしよう。
そんなことを考えていたら、乱菊が背中を思い切り引っ叩いた。
バチーン!!という盛大な音が背中で響く。
「イターー!!」
「あれこれ考えないで思った事ぶつけなさいよ!」
背を仰け反らせて悲鳴を上げるもなんのその。豪快美女はカラカラと笑う。
この女…。
絶対ばかでかいもみじが出来たわ…。
☆ ☆ ☆
きりーつ!ちゅうもーく!れいっ!
「先生さよーならー」
「はい。また明日なぁ」
小学校の1日は案外早い。
特に低学年、中学年は終業も早く、ボクはホームルームの後『先生、あのね』を返すと全員が教室から飛び出すのを見送っていた。
実は、今日受け取った冬獅郎クンの日記にだけお返事が書けとらんのや。
でもすぐに返事が来ると思ってへんかったのか、冬獅郎クンは何も言わずにさっさと教室を出て行ってしまう。
…なんや、緊張してソンしたわ…。
要求されたらどうしよう、と内心ドキドキしとったもんやから、誰もいなくなった教室でボクはぐったりと教壇にへたりこむ。暫くそうしとってから、冬獅郎クンの日記をかばんから取り出した。
男の子にしては綺麗な字で、丁寧に、丁寧に書かれた告白。
…そうや。
今時の子が、男同士や結婚出来へんなんてこと、知らんわけがない。
しかも相手は、あの冬獅郎クンや。
せやから『どうしたら先生のお嫁さんになれますか?』って書いて来てんのやし。
そらまぁ同姓結婚が認められとる国に行けば、とかいう回答もあるけどな。
そういう問題やない。そんなんボクが冬獅郎クンをお嫁に貰うって決めたみたいやんか。
いや、嫌いやないよ。可愛えって思っとるよ。
でもあかんやろ?男の子やで!?教師と生徒やで!?
しかも年の差十五歳やで!?
冬獅郎クンが一周半してまうで!?ってなんやソレ!!
「……せんせ」
「ッぎゃぁ!!」
自分ツッコミをしていたボクの背後から掛かった小さな声に、ボクは悲鳴を上げて転がった。
ずだーん!という尻餅をついた音と、椅子が転がる派手な音が教室に響く。
今日はいやに悲鳴を上げる日だなとか冷静に思っとる場合ちゃーう!!
「と、ととと冬獅郎クン!!」
転がったまま顔を上げると、その先には問題の男の子がおった。
おじいちゃんかおばあちゃんあたりに外国の血がまざっとるのか、白銀の髪と、緑の目ぇが綺麗な、…女の子やったらラッキーとばかりにキープしておきたいような可愛い子。
……惜しい。
「と、冬獅郎クン?」
その惜しくて可愛い男の子がトコトコとやってきて、まだ半分倒れたボクの上にちょこん、と座り込んだ。
プロレスで言うところの、マウントポジション。
…というかコレ、カノジョをのっけとるみたいやないの!?
上半身を半分起こしたボクの腹の上に跨って、両手を胸にぴたりとつけて。
じぃ…と、見下ろす瞳が…結構ヤバイ。
いや、ヤバイやなくてー!
すっかりパニックに陥ったボクに、冬獅郎クンが鈴を転がしたような愛らしい声で言った。
「先生。さっきから全部、声に出てるよ?」
「え、ええっ!?」
一体いつから!?
焦るボクの目を見詰めていた冬獅郎クンは、ふいに視線を外す。
そのままゆっくり落として…ついには哀しそうに俯いてしもうた。
「先生…。ぼ…オレのこと、嫌いなの?」
「何、言うてんの?嫌いなわけないやろ?」
「だって…」
きゅ。と唇を噛んで、ボクのシャツを握る小さな手。
その手を包んでしまいたくなって、ボクはなんとかそれを堪えた。
真剣に想ってくれとるんやったら、真剣に返さなあかん。
でも、ごめんな、とか言うのも変やし、男の子やから、ってのも傷つけてしまう。
恋愛は傷の付け合いやと思うけど、こない小さな子にそんなん無理や。
教職試験の時並に頭をフル回転させていたボクを、いつの間にか冬獅郎クンが再び見下ろしていた。
「先生、あのね…」
ピンク色の唇が、ボクを呼ぶ。キラキラとした翠に吸い込まれそうで、ボクは手のひらをぎゅうっと握った。
自分で自分の手を確かめておかないとあかん気がしたからや。
「オレ、諦めないから」
ぽつん、と呟いて、両手をボクの頬に軽く添える。
「諦めたらあかん、って先生いつも言ってるだろ?」
ボクの目を捕らえたまま、冬獅郎クンが、ふ、と笑った。
妙に大人びてて、くらくらするような綺麗な微笑みで、
だから、全く動けなくなってしもうて。
そんなボクに、冬獅郎クンは
「〜ッ!!」
ちゅ、と口付けた。
「じゃぁな、先生!また明日!」
パッと飛びのいて、冬獅郎クンは悪戯っぽく笑う。
そのまま動けないボクに手を振って、パタパタと走って行ってしもうた。
「…何やの、もぅ…」
ハハ、と苦笑いするしかなくて、天井を仰ぐ。
座ってるからかもしれないが、小学校の低い天井が、妙に高く感じられた。
冬獅郎クンの唇が触れた額が妙に熱くて、ボクはその場にバタン、と倒れたのだった。
-オワリ-
お久しぶりでほんっとうにすみません;
ここ最近、疎遠になっていたギンヒツ友達とツイッターでお喋りしています。で、ギンヒツっていいなぁvと改めて思う(笑)
そんなわけで、以前ブログに載せていたものを引っ張ってきました(汗)
これの続きも書いてたんだよね、改めて書こうかな、と考えています。がんばりたい!
ご来訪ありがとうございました!
2008/3/10掲載 2014/8/29再掲載(本文そのまま) ユキ☆
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