* 短編小説 *

□ * ただ一人の特別な人へ *
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「邪魔するぞ」


ほどなくして個室に案内されてきた日番谷が現れる。
仕事帰りの日番谷は、当然のように死覇装に羽織姿。実際自分も先ほど戻った乱菊も仕事着のままなのだが、凛々しさが違うと感じるのは欲目だけじゃないはずだ。
つい見惚れているとちゃぶ台を挟んで座った日番谷が訝しげに視線を寄こす。


「あ、えと。ごめんな、急に呼び出して」
「いや、構わない。腹も減ってたことだし」


とりあえずのつまみを頼み、通された時に運ばれた猪口を合わせる。一口含むと室内はしん、と静まり返った。
乱菊と二人で呑んでいた時には騒がしい店内の一角だったので、会話がなくとも他の客や店員の活気のある声が飛び交っていた。しかし気を利かせた乱菊によって場所を移され、喧騒も遠いものになってしまう。


(ど、どないしよ)


日番谷と二人っきりになったことは今までにもある。ただしそれは乱菊が書類を届けにいっている僅かな間で、こんなプライベートの空間じゃない。
ちら、と盗み見るがメニューの陰に隠れた日番谷の表情は解らない。迷惑かどうか判断しようにも、見えないのではどうしようもない。


(いや、来てくれたんやから嫌われてはおらんはず)


『ボクの事なんとなく好きやと思う』とか図々しい事を言っていた自分はどこに行ってしまったのか。


(ともかく何か話さな)



「「あの!」」


同じようなことを考えていたのか、勇気を出した市丸と、メニューから顔を上げた日番谷の言葉が見事に被った。


「あっ、えっと、…何か頼む?」


焦って取り繕えば日番谷の目が丸くなった。


「…ぷっ」


一度吹き出し、そのまま赤いメニューの影に隠れて可笑しそうに肩を揺らしている。
しかし市丸には何を笑われているのか解らない。


「え?え!?何!?どないしたん!?」
「い、いや、すまない…っ。なんかお前が慌ててるから面白くて」
「…なんや、びっくりした〜」


ホッと肩の力を抜くと日番谷が少し視線を外す。再び笑顔を引っ込めた市丸だったが、逸らした瞳の下の頬が少し赤らんでいることに気がついた。


(照れた…とか?…いやいやいや、酒が回ったのかもしれん)


日番谷が聞けば、乾杯の一口で赤くなるほど弱くない!と反論したに違いないが、安易に喜んで失敗することを恐れた市丸はとりあえず当たり障りない会話から始めることにした。


「今まで仕事だったん?」
「ああ。どっかの誰かさんがミスってくれたおかげでな」
「あらら…」
「とりあえず、明日早く来いって言っておいた」
「…仕事に戻ったんちゃうの?」
「呑んだ後にやらせらんねぇよ。そしたら明日の為に早寝するからって言われて代わりに来たんだが、殊勝なトコもあったんだな」


いや、ないやろ。と市丸は即座に心の中で否定した。

呑んだといっても酒豪の乱菊。あの程度で明日の仕事に支障をきたすとは思えない。
それが嘘をついてまで帰ったということは…。

『しっかりやんなさいよ』とのしたり顔が目に浮かぶ。


(やられたわ…)


いきなりの展開に冷や汗を掻きっぱなしだが、確かにこれはチャンスである。

仕事以外で日番谷さんと二人きり。
酒も食事も程よく美味く、呼ばなきゃ誰も来ない個室ときたら。


(いや、いやいやいやいや!)


ちょっぴり浮かんでしまった不埒な考えを投げ飛ばし、居住まいを正す。
こほん、なんて咳払いをして顔を上げると可笑しそうな日番谷の顔。


「え、何?」
「いや、お前見てると面白いな」
「そお?」
「ああ。百面相っての?見てて楽しい」


猪口を片手に片膝を立てて、刺身をつまみながらくつくつと笑う。どう見てもあちらの方が貫禄たっぷりである。


「別におもろないよ。日番谷さんと二人きりでちょっと落ち着かんだけや」
「どうして?」


問われてハッとする。日番谷の疑問は最もだ。そう言われれば気を悪くするか興味を持つかのどちらかしかないと言うのに。


―――どうする?と、逡巡する。
いつもは見せない、仕事一辺倒な日番谷の楽しそうな顔。

いけるかも?と悪くない雰囲気が煮え切らない背中をつつく。


っていうか―――、ええいもう言ってしまえ!


「日番谷さんんのこと、好「おまたせしましたー!出汁巻き卵ですー!」」
「あ、こっちに頼む」
「はい!ご注文は以上ですね。ごゆっくりどうぞ!」


伸び上がるように一歩前に出た市丸を遮って、明るい店員が室内に入ってくる。
前触れもなく開いた障子が悪気なく閉められ、市丸はその場に固まってしまった。

注文品が全て届いていないことを失念していた間抜けな敗北者をそのままに、出汁巻き卵に目を輝かせた日番谷が一口齧り相好を崩す。


「うまいぞ、コレ。市丸も食えよ」
「…………………………………うん。おおきに」


口の中に広がる出汁と卵の甘みに涙が滲む。空気の読めない店員は…さておき、出し巻き卵に罪はない。しかし金輪際出汁巻き卵は頼むまいと涙と共に噛み締める。
そんな市丸に日番谷が切り出した。


「…で?」
「ん?」
「何か言いかけてただろ?俺のこと何だって?」
「!!」


目を見開く市丸に日番谷がにやりと笑う。その表情に市丸は理解した。この人は解ってる。解ってて言わせようとしてるのだ。


「…………日番谷さんて、ホンマはええ性格しとるんやね」
「そうか?」
「うん」


どっと疲れた市丸は頬杖をついて猪口を煽った。

日番谷は気がついていた。市丸の気持ちも、言い出せずにオロオロしてたことも。しっかり解ってて続きを言わせようと煽ってくる。
この様子では、日番谷が自分の事を憎からず想っていると感じたのは誤りだったかもしれない。

思い掛けないしたたかな一面に何かが崩壊していくのを感じ、読みきれなかった自分に苦笑する。
その何かとは理想像。日番谷への勝手な思い込みに他ならない。


「俺は、お前のそういう間抜けなところも真面目なところも好きだけどな」
「そらどうも……え?」
「でも、勝手な思い込みを持たれてもすぐに幻滅することになる。他の奴等はどうでもいいが、お前には本当の俺を知ってもらいたい。その上で俺を選んで欲しい」
「………」
「今日言いたかったのはそれだけだ。…じゃあな」


入り口に掛けられた伝票を掴むと障子の向こうに消えていく。一人残された市丸はただそれを見送っていた。

真面目で不器用だと思っていた日番谷は、したたかで意地悪な面を持っていた。
市丸の気持ちを知った上で、きちんと自分を見てもらいたいと敢えて告白をさせなかった。

素直で、真面目で、不器用で、仕事や人間関係に嘘を付かない日番谷。
自分がどう見られているのか敏感で、それでいて色眼鏡や誤解をいなす強さを持った日番谷。

だから市丸の気持ちにも気がついて、その上できちんと自分を知って貰いたいと真正面から挑んでくる。


「なんや…。不器用なことには変わらんやないの」


部屋を出る直前に一瞬覗いた緊張と決意がない交ぜになった表情を見逃すほどアホじゃない。そりゃあ今まできちんと見ているようで、恋という名の霞越しに見ていた感はあるけれど。


「日番谷さん!」


部屋を飛び出し追いかける。会計を待つ小さな人が振り向いた。
驚いた顔は多分本当。今の今ですぐ追いかけてくるとは思っていなかったのだろう。

それはこちらを侮っているというものだ。


「殆どボクと乱菊で呑んだもんやから。ボクが払います」
「…んじゃ、ご馳走さん」


財布を懐にしまい、さっさと暖簾を潜っていってしまう。
会計を済ませ外に出ると、夜空を見上げていた日番谷が歩き出した。
その後ろにゆっくりと続き、ふと今日が特別な日であることを告げたくなった。


「今日な、ボクの誕生日やねん」
「ああ」
「知っとったん?」
「松本が言ってたからな」
「そか。嬉しいわ」
「…だから来たんだ」


ぽつりと呟く表情がどんなものかは解らない。


「おおきに」
「ああ」


おめでとうもない。理想も崩れた。でも意外な素顔を知ることが出来た。
そしてもっと知りたいと思っている。


「日番谷さんの周りの子達に一歩リードやね」
「……リードどころか文句なしに勝ってんだろ」


少し前を歩く日番谷が振り向く。その背後で秋月が優しく光っていた。







-オワリ-







こんにちは!愛する市丸隊長の特別な日に間に合わなくてすみません!><;
一日遅れになりましたが愛はたっぷりこめました!が!タイトルのわりに誕生日合わせのわりに、糖分低めですね〜;

今まで何度か馴れ初め的な話は書いてきましたが、今回はがっつリ甘々にしようと思ってたのです。
でもいつの間にか日番谷さんが「俺はこんな乙女じゃねぇよ」って一人歩きし始めて、あれよあれよとオトコマエになって、酒オチに軌道修正しようとする私に睨みを効かせるしたたかな隊長様になってしまいましたΣ
でもまぁこんな市丸誕もいいのではないか…アマアマを期待されてたら申し訳ないです><;

ちなみに冒頭の歌詞はマッキーの1からお借りしました。


ご来訪ありがとうございました!

2013/9/11 ユキ☆

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