* 短編小説 *

□ * それはきっともう少し先 *
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少し遅い昼食を摂る為に向かった食堂の入り口で、ボクはぴたりと足を止めた。


「わっ、と!…どうなさったんですか?隊長?」


急に立ち止まったもんやから、後ろを歩いとったイヅルが背中にぶつかり掛けたらしい。
でもそんなんどうでもええ。焦った声に構わずに、室内の端から端まで見回した。

せやけど思った通り、そこには、黒、黒、黒。つまり死覇装姿の死神ばかり。羽織姿のあの子はどこにも居らん。
…そらそうや。食事摂るんにわざわざ霊圧消す必要あらへんもん。ここに居らんのなんて最初から解ってたコトやないの。


「…はァ」


でもひょっとして…なんて無意識に思とったみたい。妙に重い溜息が口をついた。


「た、隊長!?」


日頃を知っとるイヅルが、慌てて横に回りこむ。
しもた。態度に出すなんてありえへん。ボクはふっと笑うと、詰め寄りかけたイヅルを制止する為に両手を上げた。


「なんもない、なんもない。ごめんな?イヅル」

「…は」


にっこり笑ってそう言うたら、イヅルに聞き返すことはもう出来へん。納得しとらんかったとしても、こうやって引き下がるしかあらへんねや。

仲良ぉしとっても、可愛がっとっても、隊長と副隊長の線はちゃぁんとある。
それを解っててこうするんは酷なんかもしれんけど、ここは踏み込んで欲しない部分なんよ。

これ以上心配かけてもしゃあないし、ボクは空いとった窓際の席に腰を下ろした。
イヅルがボクの膳も取りに行ってくれとる間に、ぼんやりと外の景色を眺めとると、目の端に銀色の何かがサッと掠めた。

ハッとその方向に首を回せば、どこぞの隊士達が見せあいっこしとった斬魄刀の光が反射しただけで、ボクは今度こそがっくりと脱力してしもた。


「………はァ」


あかん、さっきからボク、何やっとるんやろ…。
食堂の入り口ん時かて、今かて。

…いや、散歩中だの隊主会の帰り道だの、実はいっつも探しとんのはあの子の姿。


「何なんや、ホンマ…」


突っ伏したテーブルの木目を指で辿りながら、ボクは居た堪れなくて息を吐いた。
もし溜息に重さがあったとしたら、多分瀞霊門と同じくらいあるんとちゃうかな。

こんなにあの子ばっか気にしとって、これやまるで特別に想っとるみたいやないか。


「………………いや、ちょぉアカンてそれは」

「何がだ?」

「ひ、ひひひ日番谷サンっ!?」


上空から掛かった声にボクは勢いよく立ち上がった。
だってその声は、霊圧は。まさにボクが(勝手に)振り回されとった子のもんやったから。


「い、いや何でもないんよ?さっきのは……そう、虚がこう来たらああ返そうか、いやそれやとアカンよな〜〜、みたいな?」

「…お前、何時からそんな研究熱心になったんだよ」


なんとか弁解しようとあわあわ両手を振り回せば、ニヤリと笑ったキミが“ここ良いか?”と言うように、くい、と顎をしゃくった。

よく見れば手にはお盆を持っとって、その上には唐揚げ、味噌汁、ご飯などが湯気を立て乗っている。
焦り過ぎてそないな事すら気ィ付かんかったなんて、ホンマどうかしとるわ…。


「あ、…うん。良かったらどうぞ」

「さんきゅ」


多分、少しぎこちなく勧めたボクとは対照的に、キミは涼しい顔で席につく。
『市丸隊長と日番谷隊長が一緒だぜ…!』なんて小声もざわついた空気もものともせずに、日番谷さんは「いただきます」と両手を合わせ、ボクに一声掛けてからぱきん、と両手で箸を割った。

雛森ちゃんと乱菊いわく、日番谷さんはばあちゃん子なので、食べっぷりはええけど下品やない。聞けば潤林安出身らしいし、こういう所に気質だけやない育ちの良さが出とるんやろね。


「…なんだよ」


箸の動きに目をやられているのが気になるのか、いつものように眉間に皺を寄せた顔で睨まれる。
しもた、変な意味ちゃうんやけど。


「堪忍。美味しそうに食べはるなぁ思て」

「食事は感謝して食うもんなんだから当たり前だろ。つうか、メシぐらい自分で取って来いよ」

「いつもやないで?食べたいもんが決まっとる時だけや」

「そういう問題じゃねーよ」


呆れた口調に“はーい”などと答えとるうちに、途中で会ったんやろ。イヅルとウチの五席が一つづつ盆を持って戻って来た。


「お疲れ様です。日番谷隊長」

「ああ、お疲れ。……俺は食ったら戻るから、気にしないでくれ」

「いえ、でも…」


隊長二人との相席に気後れするイヅルに、日番谷さんは軽く言う。
確かにこの体のどこに入ってくんやろ、と思ったぐらいの量は完食に近く、伺うイヅルにボクは頷いた。


「では…失礼します」


それでも遠慮がちに少し席を開けて腰を下ろすのと、日番谷さんが最後のご飯を口に入れるのはほぼ同時やった。
そしてお茶を一息に飲むと、ふぅ、と満足げな息を吐いて立ち上がる。


「邪魔したな」

「…そらええけど、キミ、もうちょいゆっくり食べな消化に悪いで?」

「忙しいんだよ、俺は!」


俺は、の部分に力が入っとったのは気のせいやろか…。

きちんと仕事しろ、て言いたいのか、邪魔しに来るなて言いたいんか…。
はっきり解らんけど、今日は顔出さん方が良さそうや。

ところが苦笑したボクの耳に、躊躇いがちな言葉が届いた。




「でも、松本は…相変わらずだ」

「、え」

「じゃぁな」


お盆を手にさっさと立ち去ってもうたからよぅ見えへんかったけど、俯き加減のお顔はほんの少し赤かったような…。
小さくなっていく十の文字を目で追って、ボクは割り箸を手に取った。

日番谷さんは忙しゅうて、乱菊はいつもどおり…サボっとって。

え?それってどういう意味なん?
遊びに行ってええってことなん?

それともマサカ、乱菊との事疑っとんのとちゃうやろな!?


「…た、隊長?」

「…、何でもあらへんよ」


おずおずと様子を伺うイヅルに笑い返すと、何か言いたげながらも引き下がってくれた。
それに平静を装って、手にした割り箸をぱきんと割る。


…何やろね?こういうの。

キミの言葉や態度に右往左往して。ホンマにキミのこと、特別に想っとるみたいやないの。


…まァ、特別なんは確かやな。
せやなかったら、今まで仕事以外で行った事あらへんかった十番隊に、年中顔出すなんておかしいし。
幼馴染のご機嫌伺い、て言うには度を越しとると自分でも思っとるし。

顔を見ると嬉しいとか、一日姿が見えないと気になるとか、隊主会で難儀な任務を任されとるとついサポートを買って出てしまうとか、どぉ考えてもボクらしくないやん。

ふわふわした気持ちがもどかしゅうて、もう一度あの子の姿を見ればスッキリするかも…なんて食堂の出口を見たけどせっかちなあの子はもう居らん。
そにれがっかり…なんて、やっぱ普通やないわ。


ふぅ、と本日何度目かのため息をお吸い物と一緒に飲み込んでみても、心ん中のモヤモヤが晴れるわけやない。
せやけど、この気持ちの種を明らかにしたいかというと…ちょっと躊躇ってしまうんは、自己防衛本能やろか。


「…いやいやいやいや」


ありえへん。ありえへんやろ。
性別がどうとか、倫理がどうとかはまぁ、どうでもええ…こともないけど。相手はあの日番谷さんやし、まさかそんな。まさかそんな。

違うと言って欲しくて視線をやるボクに気ぃついとるはずやのに、頑として顔を上げないイヅルに見切りを付けて窓の外に顔を向ける。

このずぅっと先におるあの子は、もうさっきのやり取りなんて忘れて仕事に戻ってしもたんやろか。
それがなんだか寂しいって…困ったもんや。


「……………」


突き詰めれば厄介な感情に支配されてしまいそうで、それは正直ご免やから――――とりあえず。



「今日は大人しく書類片付けるわ」

「!ホントですか!?」



と吉良を喜ばせたのもつかの間、食堂を出た途端感じた日番谷の霊圧に方向転換。
埒の明かないモヤモヤに目をつぶれなくなる日は…、きっともう少し先のこと。







-オワリ-




まだ恋になる前のふたりです。
市丸さんたら逃げ腰ですね(笑)
でも、いやいやまさか、違うってば。と抵抗しても、逃れられるものではないのですw


最後までお読み頂きありがとうございました^^


2012/3/10 ユキ☆




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