咎狗の血

□dear
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子供くらいの大きさの巨大なクマのぬいぐるみを貰った。
誰から貰ったのか、何故受け取ったのか思い出せない。
ただ、二十代をやすやす越えた男が持つものではないと思ったのは確かだ。

ポツンと取り残された俺とクマ。

邪魔すぎるデカすぎる。
何処かへ捨てようかとクマを抱え直すと目が合った。
黒いフカフカの体毛、紅い釦の瞳。
不思議と誰かを思い出して笑いが零れた。

仏頂面のクマは何も言わない。
俺はクマを捨てなかった。

モノに執着することのなかった俺には不可思議な光景だ。
クマに触れるたび愛しさが募る。

クマは笑いもしないし喋りもしないけれど。





ある日追っ手が現れた。
追っ手はクマを俺から奪おうとした。壊そうとした。
クマを守りたいのに、俺の体はうまく動いてはくれなかった。
こんなときに。
どうして。
俺は必死にクマにしがみついた。



「………ぃ」

柄にもなく怯えていた俺に声が降りかかる。
驚いて頭上の先にあるクマの顔を見れば







人だった。










「いい加減起きろ。離せ」

今ある状況に目を丸くした。
目の前にいるのはクマではなく、不機嫌な眼差しを向けてくるシキで、
今いる場所は何処かの街の廃墟と化したアパートの一室のベッドだった。
クマと思っていたのはシキの腹で、俺の腕がガッチリとホールドしていた。

「…クマは…?」

「何の話だ」

呆れかえった返答を耳に流し、俺は首だけ動かして部屋を見回す。
以前は暮らしていたはずの今はなき部屋主の家具と自分達の刀と荷物、乱雑に投げ出された衣服以外何も見当たらない。

あのデカい、あれほど愛しかったクマは何処にもいなかった。

「貴様、いつまで抱きついているつもりだ」

「…あぁ…悪い」

無意識とはいえ、この体制に些か羞恥を覚え、おずおずと手を緩めた。
自然と顔に熱が溜まっていたことに気付き、顔を逸らそうとしたが、シキに顎を掴まれ阻止される。

「フン…」

「……なんだよ」

「クマがそんなに大切だったのか?」

咎めるような口調ではあったが、シキは穏やかに目を細めていた。

「…ああ。これからもずっと傍にいたい」


それからシキは何も言わなかったが、まわされた腕の暖かさが、俺の不安や刹那の寂寥感をいつの間にか拭ってくれていた。






シキは「クマ」がなんなのか気づいたようだった。

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